遠藤 俊輔 | 自治医科大学附属さいたま医療センター長 |
COI: | なし |
COVID-19はグローバル化した世界を奈落の底に突き落とした。我が国も患者の爆発的急増が懸念されたが、2020年4月7日の緊急事態宣言後はピークアウトしつつある。埼玉県においては、4月15日の61人の感染確認数をピークとして漸減し、5月以後は1日10人前後が発生している状況である(図表1)。とはいえ都道府県別では、東京、大阪、神奈川に次いで4番目の感染者数(2020年5月9日時点962人)である。特にさいたま市、川口市、所沢市などの東京への通勤者の多い県南都市部を中心に発生が続いている(図表2)。
さいたま市は、当初、県と市の二重保健行政により、COVID-19に対する入院調整が混乱していた。しかし日本医師会と埼玉県医師会のリーダーシップのもとに、徐々に県の医療調整部に一本化され、県としてCOVID-19に対応できるようになった。その結果、ECMOを要する超重症12床を含む重症60病床と、酸素投与のみで対応できる軽症から中等症用の約500床を確保したが、実際の運用は380床にとどまっている。しかし自宅待機中に死亡した事例があり、軽症者を収容するホテルを500室(最終目標1000室)確保する予定である。
埼玉県では、5月9日現在、膜型人工肺(ECMO)稼働4名、人工呼吸器装着7名、軽症から中等症約180名が入院加療中で、その他ホテル収容者約80名、自宅待機は約100名である。感染の発生数と病床稼働状況からは、当面の医療崩壊は回避できる可能性が高くなった。
しかし県内の中核病院が直面する状況は深刻である。COVID-19の流行が収まらない場合、あるいは院内感染が発生した場合は、救急・集中治療体制の破綻を契機に、県内の医療崩壊の連鎖が始まる可能性が高い。
自治医科大学附属さいたま医療センターは、人口130万人のさいたま市の医療を支える中核病院である。628病床に対し医師337名・看護師835名・医療技術職員233名と、病床数に比し豊富な医療スタッフを揃えている。大学附属医療センターとして教育・研修を行いながら、さいたま市を中心とした3次救急医療と循環器を中心とした高度医療を提供している。
COVID-19では無症状から重症呼吸不全まで様々な症状を呈し、重症度に応じて病院ごとに各々の役割を担ってきた。本年3月以後、27名(ECMO管理6名・人工呼吸管理6名・中等症15名)のCOVID-19患者を受け入れてきた。現場の状況を報告するととともに、これからの対策の参考としていただきたい。
図表1 |
埼玉県でのCOVID-19陽性者数(出典:埼玉県HP) |
4月に入り急増し15日の61人とピークに達し、以後減少している。 |
図表2 |
埼玉県内のCOVID-19患者発生数 令和2年5月9日 19時現在 (出典:埼玉県HP) |
東京への通勤者が多い県南都市部に集中して発生している。 |
埼玉県の救急搬送件数は3月、4月ともに前年に比べ明らかに減少した。しかし感染者が急増した4月は、5回以上受け入れを要請しなければならなかった搬送件数が増加した。特に肺炎・発熱症例の受け入れ拒否件数が著増した(図表3)。また4月には、呼吸困難を訴えた心不全の患者の救急搬送で39回も救急要請をした症例もあった(図表4)。これは、院内感染により救急診療を縮小せざるを得なくなったり、院内感染リスクを回避するため、救急患者を受け入れられなかった病院が増加したためと推定される。
埼玉県の人口当たりの医師数・病床数は、47都道府県でもっとも少ない。このため新たな救急医療の危機に直面している。その原因を医療と経営の視点から考察する。
図表3 |
埼玉県の救急医療状況(3~4月)(出典:埼玉県救急医療情報システム) |
活動の自粛により、搬送件数は前年に比べ減少したが、4月には発熱・呼吸困難例を中心として受け入れ拒否例が増加した。 |
上:搬送件数 中:5回以上の搬送要請件数(全例) 下:5回以上の搬送要請件数(発熱・肺炎例のみ) |
図表4 |
埼玉県の救急医療 月間最多要請回数とその疾患(出典:埼玉県救急医療情報システム) |
指趾切断例は受け入れを拒否されやすいが、令和2年の4月は呼吸困難で搬送した心不全症例が38回受け入れを断られた。 |
県内の病院で、緊急手術を行った患者が術後にCOVID-19を発症し、院内感染が発生した事例があった。救急入院時はCOVID-19を疑う所見はなかった。このように他疾患で入院したキャリアの発症が、院内感染の大きな要因になる。
ダイアモンド・プリンセス号の乗客乗組員3711人(いわゆるクラスター)でも、18.8%がPCR検査で陽性、その内の58.9%が無症候性のキャリアであり、キャリアの46%は胸部CTが無所見だった。さらにキャリアでも急性呼吸不全をきたした症例があったことは、COVID-19の対応の難しさを示している1)。
COVID-19緊急特定地域である埼玉県の救急患者は、肺炎・発熱症状を有する症例だけでなく、すべての症例がキャリアである可能性がある。臨床所見だけでCOVID-19を完全に否定することは極めて難しい。
COVID-19は、RT-PCR法によって診断される。本検査の特異度は95%だが、感度は50~70%と低い。また、検査時間が長く、専用の機器や人員が必要である。このためPCR検査を県内の主要医療機関で行うことは、本センターを含めてハードルが高い。ことさら救急現場では、所要時間と感度の点で現実的でない。このため、COVID-19に対する感度が高い胸部CT検査2)を中心に、病歴、白血球(特にリンパ球の減少)、CRP・プロカルシトニン・LDHなどの血液検査所見を加えて3)、COVID-19リスクを層別化し感染対策を講じている。しかし常に偽陰性のリスクを想定しなければならない。
したがって迅速かつ正確な診断が可能なPCR法や、より簡便なLAMP法の実用化、さらに新たな抗原・抗体検査法の導入が望まれる4)。
埼玉県には、2次救急医療として361の病院・診療所が配備されている。肺炎・発熱症状を有する救急患者は、一般初療室とは別に設定された診察室で対応し、診察室使用後、一定時間は使用を禁じている。そのため同時に複数の疑い患者を受け入れることはできない。とくに短期間に多くの患者を受け入れると、多用された胸部CT検査室での院内感染のリスクが高まる。
病歴・胸部CT・血液検査などをもとに、総合的にCOVID-19を除外診断しようとしても、完全に否定できる症例は少ない。多くの症例は有料個室を代用して、病院負担による減免措置で個室隔離としている。
入院時のPCR検査で陽性であれば、COVID-19対応の病棟や病院に転送でき、新たな救急患者の受け入れができる。しかしPCR陰性例は、入院期間中に発症すれば、新たな院内感染源となる。そのため個室で隔離しながら1週間経過を観察し、COVID-19を発症していないことを確認してから一般病床へ転棟する。個室隔離中の患者一人につき、医療従事者の労力と防護具(PPE)は、5名収容の専門病棟で管理する時の5倍必要となる。これは医療現場における極めて大きな人的および物的負担である。
埼玉県には、3次医療機関として大学病院を含む8施設が登録されている。このうち自治医科大学附属さいたま医療センターを中心に、数施設で最大12名のECMO患者の治療を行っている。
病歴情報が乏しい3次救急患者では、全例COVID-19対応の初療が必要で、大量のPPEを消費せざるをえない。
病院によっては、臨床症状や検査所見をもとに、COVID-19の危険性を層別化してPPE対応することも可能である。しかし一般病院においては、院内感染のリスクを考え、全例full PPEで対応せざるを得ない。
最近は、無症候性キャリアを念頭において、時間があれば検査や手術前にPCR検査でスクリーニングできるようになったが、緊急の検査や手術を要する症例では、キャリア症例として対応せざるを得ない。
PCR陽性の重症患者は、専用の集中治療室(ICU)で加療できる。しかしECMOをはじめ様々な高度な集中治療管理が必要であり、医療機器を含め高度医療に精通した医療従事者の人的費用は、通常診療の3~4倍必要である。
PCR陰性であっても、呼吸器症状およびCT肺野条件で異常所見が認められる症例や、緊急手術を施行した症例では、COVID-19を除外診断するため、1週間の個室隔離を要する。このためICUの個室は満床となり、新たな3次救急患者の受け入れはできない。
2次救急医療機関でCOVID-19疑い例に対応する場合、PCR陽性と判明次第、COVID-19対応専用病棟で必要最小限の医療資源で有効な感染対応を講じる。しかし陰性の場合には、引き続き一般病棟個室で隔離する。しかし偽陰性例に伴う院内感染のリスクを抱えながら、診療報酬上の増点はない。人件費・PPE費用・差額個室料などの多くの資源を病院が負担することになる。
COVID-19に対する集中治療は、治療室の構造を改変するだけでなく専門スタッフも増員しなければならない。特にECMOを稼働させるためには、2対1から1対1~2の看護体制が必要で、ICU治療に精通した人材を多く確保しなければならない。そのためには一般ICUと一般病床を縮小せざるをえない。
当センターではCOVID-19専用のICU6床と中等症用病棟10床をフル稼働させるために、4月22日に120病床(全体の20%)閉鎖し、緊急性のない入院診療や手術・内視鏡検査を中止した。一般の病棟やICUからCOVID-19対応病棟に看護師を33名移動させ、合計87名の看護師を配置し、ゆとりのある労働環境を整備した。1病床あたり通常診療より多くのスタッフを投入し、危険手当も支給したため人件費は増加した。臨時改正により大幅にCOVID-19対応集中治療の診療報酬が加点されたものの、一般診療の制限の影響で4月の入院稼働額は10%減少した。PPE費用を含め医薬材料費は稼働額ほど減少せず、病院経営は一気に悪化した。
院内感染への配慮も大きな問題である。いかなる医療機関でも、ひとたび院内感染が発症すれば、救急診療だけでなく一般診療も縮小または停止せざるを得ない。これにより3~4週間の診療稼働を全く失い、経営状況はより深刻となる。さらにこれは医療体制が脆弱な埼玉県の医療崩壊を誘発する可能性がある。
PCRの結果に関わらず、院内感染予防のために過剰に費やした医療資源に対する支援を行政にお願いしたい。
緊急手術を要する患者を受け入れた場合、感染を完全に否定できなければ手術を待機するか、医療従事者が完全防備の上で手術を行わざるを得ない。また受け入れ体制が十分でない場合は、通常の細菌性肺炎を併発した患者であっても受け入れを断念せざるを得ないことがあり、患者が重症化してしまう可能性が高い。
感染症指定以外の病院では、院内感染や財政負担のリスクを取ってまでして、積極的に救急患者を受け入れないことがある。このことも埼玉県における救急医療の崩壊を招く可能性が高い。
COVID-19緊急特定地域での救急患者の現場対応は、院内感染のリスクとの闘いであり、また多大なる医療資源を要すことを理解いただきたい。
社会的使命のもとに、現場の献身的な体制で維持されてきた救急医療を維持しつつ、一般の診療稼働をいかにして保ち続けるか、埼玉県は今まさに正念場である。各施設の医療事情に応じた人的・物的および運営費支援が、早急に望まれる。