谷口 清州 | 独立行政法人国立病院機構三重病院臨床研究部 部長 |
COI: | なし |
4月7日からはじまった緊急事態宣言から1か月がたち、全国におけるCOVID-19患者数は減少傾向にある、あるいは期待したほど減少していないと言われる。この患者数の減少というのは信頼できるのであろうか。
本来、患者数というのは終始一貫した方法でカウントしていない限りはその増減は比較できない。特に今般のCOVID-19のように臨床症状の幅が風邪程度に軽いものから肺炎を起こすような重症にいたるまで、非常に幅が広いものであれば、その確定診断は基本的にPCR検査である。つまり、どのような症例を対象としてPCR検査を行うかによって患者の増減は変わってくる。例えば、3月当初には症状が長く続き、息切れがあるなどの重症の患者を中心にPCR検査をしていたとする。その後は徐々に軽い患者までPCR検査をするようになったとしたら、カウントされる患者数は当然ながら増加する。逆に、本来検査すべき患者に対して検査を行わなければ患者数は減少する。外出自粛をして絶対的な患者数が減少したとしても、より軽い症状の患者をPCR検査の対象にすれば、この分の患者が増加するので、全体としてはあまり減少しなかったということになる。したがって、患者が増加した、減少したというためには、一貫した同じ基準で患者を確定してカウントする必要があるのは自明である。
今回のCOVID-19のように患者数の増減によって対策を細かく変更していく場合には、その流行状況を的確に把握することが重要である。特に患者数の増減を信頼できる方法でカウントする必要がある。現在の状況を正確に把握できなければ、適切な対策はできないのである。このためには、感染症対策の基本である、サーベイランスの考え方に立ち戻ることが必要である。
本疾患は図のごとく、無症候性例から、軽症、肺炎例から重篤例まで、患者の症状は幅広く分布するので、これらをすべてカウントすることは不可能である。故に、本疾患に対するコントロール戦略を明確に持ち、どの部分の症例をPCR検査にて確定し、患者管理を行うとともに、その数をカウントして流行状況を評価し、対策に活かしていくのである[1]。どのような症例を患者としてカウントするかを判断する基準を症例定義という。
これを明確にして、この症例定義に従って患者数をカウントしないと、患者数が増加しているのか、減少しているのかは判断できない。
図表1 |
COVID-19の臨床スペクトラム |
COVID-19は軽症が全体の80%、肺炎を起こすのが20%でそのうちの5%が重篤な状況になるとされており、このピラミッドのどの部分を把握しているかという認識が重要である。 |
治療を中心に考えれば、一定の重症度以上の症例に対して確定検査を行う事も考えられる。つまり、十分な治療を行うともに、全体の症例の一表現型としての重症例を首尾一貫してカウントしていくことによって、全体の流行状況を把握することが考えられる。しかしながら、この方法では、全体の80%を占める軽症例は検査によって確定することを行わないので、これらの患者はカウントできない。それらの患者は、基本的に自宅で経過観察してください、症状が強くなるようであれば再度受診してくださいということで、重症化すれば確定検査を行うことになる。
一方では、軽症例はそのまま軽症のままで軽快するかというと、必ずしもそうはならない。つまり、当初は軽症とされても、途中から重症化する症例は存在する。こういう軽症の症例について、あらかじめ確定検査を行えば、患者と接触者の管理をすることができるし、また患者に対しては、COVID-19という病原診断が付いているので、7-10日くらいで重症化するリスクがあるということを知った上で経過観察することが可能である。このように考えると、軽症例についても確定検査を行うことが、患者のためにも、そして感染伝播防止にも有用であると考えられる。
疾患の対策を行う場合に、まずは実際に発生している状況がわからないと、どのような対策をすべきか判断できない。どういう症例を対象にして流行状況を把握してその流行状況を把握するのか、この解決方法はサーベイランスであり、これが感染症対策における標準的な方法である。
サーベイランスの第一原則は、明確な症例定義を立てることであり、これに従って症例を選択し、PCR検査などの病原体検査を行い、必要な治療あるいは外来経過観察を行うとともに、公衆衛生当局に報告して、対策に結びつける。つまり、終始一貫した基準で症例をカウントすることが重要であり、これが一定しなければ、例えば、時期によって、都道府県によって、保健所によって、その基準が異なれば、都道府県間の比較はもとより、同じ地域であっても減少したか増加したかの評価さえも信頼できない。
我が国を除く世界中の国は、このような感染症対策の基本に忠実に、まず症例定義を作成して、それにしたがって、確定症例をカウントして患者の増減を評価し、種々の対策に結びつけるとともに、患者の管理を行っている。
また、サーベイランスの原則として、疾病の流行を評価する上でのゴールドスタンダードとなる数字はないことが知られている。したがって、流行状況を評価するためには、いくつかの並行するサーベイランスプログラムからでてきた情報(これをBasket of informationという)を全体的に包括的に評価するというのが常識であり、届出された患者数だけに頼るのはリスクがある。これは全体のサーベイランス戦略として考えるべきものであるが、今回はPCR検査をいかに行うかということに関して、症例定義について、以下にニュースメディアでも話題になるいくつかの国の実例を提示してみる。
国際的な標準とされるWHOの症例定義は以下の通りで、クラスタ対応をしている国ではすべてのSuspect caseに遺伝子検査を行うことを勧奨している。
疑い例(Suspect case) A)急性呼吸器症状(発熱と少なくとも以下の症状の一つ;咳、息切れ)かつ発症前14日以内にCOVID-19の地域内感染伝播が報告されている地域への移動歴・滞在歴がある症例 B)14日以内に確定例あるいは可能性例と接触歴のあり、なんらかの呼吸器症状を呈する症例 C)重症急性呼吸器疾患(発熱と少なくとも以下の症状のうちの一つ;咳、息切れ)かつ、入院が必要、かつ病態を説明得きる他の合理的な診断が付かない症例 |
台湾の確定患者数が少ないのは、国内への入国地点での対策が早かったことと、自宅隔離システムがしっかりしていることも大きいが、新規症例の探知は以下の定義を使用して、PCR検査を行うこととしている。
疑い例 1)発熱、咳、あるいは他の急性呼吸器症状があり、かつ14日以内に渡航歴があるか、あるいは渡航者と接触歴がある症例 2)重症の呼吸器症状があり、インフルエンザウイルスが陰性の症例 3)医師によりCOVID-19が強く疑われる症例 4)肺炎と診断された医療従事者 5)患者クラスタに関連するすべての症例 |
韓国は以下の定義によってサーベイランスを行っているが、現在、呼吸器症状があればすべてスクリーニングを行ってから、医療機関への受診することとなっている。
確定例(Confirmed case) 症状にかかわらず遺伝子検査によってSARS-CoV-2感染が確認された症例 疑い例(Suspected case) COVID-19確定患者の感染性のある時期に接触して14日以内に発熱(37.5℃以上)あるいは呼吸器症状(咳、息切れなど)がある症例 調査対象症例(Patients Under Investigation :PUI) 1)合理的な理由(例えば病原体不明の肺炎など)により医師によりCOVID-19が疑われた症例 2)14日以内に渡航歴があり、発熱(37.5℃以上)あるいは呼吸器症状(咳、息切れなど)がある症例 3)発熱(37.5℃以上)あるいは呼吸器症状(咳、息切れなど)があり、患者クラスタに疫学的リンクのある症例 |
迅速な患者数の減少に成功したとされるニュージーランドは明確なサーベイランス戦略を樹立しており、図に示したピラミッドのどの部分の患者をどのように把握するかという戦術を含むサーベイランス手法を展開している。ここでは紙面の都合上、症例の症例定義について述べる。
1.疑い例(Suspect case) 少なくとも以下の症状の内一つがあるすべての急性呼吸器感染症(咳、咽頭痛、息切れ、鼻水、嗅覚/味覚障害)で発熱を伴うかあるいは伴わない。 検査診断適応は、疑い例の症例定義を満たすすべての症例、あるいは臨床医が高度に疑う他の症例には、診断の確定あるいは除外するために検査を行うべきである。 検査診断の能力が十分で無い場合には以下のものを優先して検査を行う 可能性例あるいは確定例の濃厚接触者 疑い例の症例定義を満たし、14日以内に渡航歴、あるいは渡航歴のある人物との接触歴がある 疑い例の症例定義を満たし、かつ入院患者 疑い例の症例定義を満たし、かつ医療従事者 疑い例の症例定義を満たし、かつ社会機能維持業種従事者 疑い例の症例定義を満たし、かつハイリスク地域あるいは施設に住むもの 疑い例の症例定義を満たし、かつマオリなどの限定地区に住んでいる 疑い例の症例定義を満たし、かつ多数の接触者への曝露があったもの 疑い例の症例定義にあわない場合でも、最近の旅行者、確定例、可能性例とのリンクがある場合には検査を抗考慮 2.可能性例(Probable case) 疑い例の症例定義を満たし、他の病因が除外され、かつ臨床検査所見からCOVID-19が示唆され、 PCR検査が判定不能 確定例の濃厚接触者かつPCR検査が出来ない PCR検査が陰性だが、可能性例と判断した方が良いもの 3.確定例 NAAT(PCR)あるいは抗体にてSARS-CoV-2が確定されたもの 4.疑い例で未検査の例の管理方法 疑い例の症例定義を満たし、その後他の病因が除外され、何の理由であってもPCR検査が行われていない例は、疑い例としてて、症状消失後48時間、かつ発症後10日間の自宅隔離 |
ほとんどの国では接触歴・渡航歴が条件として入っていることが多いが、より軽症例を定義に加えているところが多い。また、地域内感染伝播がある状況では、接触歴や渡航歴を問わず、WHOのように入院が必要で、起炎病原体が不明な症例、台湾では、インフルエンザを疑って陰性であった症例や医師によって疑われた症例についてもSARS-CoV-2のPCR検査を行っている。このように国によって遺伝子検査を行う対象は異なるため、遺伝子検査を行う数も異なるし、結果として報告される患者数も異なっている。
しかしながら、もっとも重要なことは、このようにぶれない症例定義をもって持続的に症例数を把握することによって、減ったか増えたかが確実に評価でき、またいずれの国でも臨床的な裁量により必要と考えられる症例にはPCRを行うこととしていることであり、単にPCRの検査数にこだわっている国など一つも無い。
最後に紹介しているニュージーランドの症例定義は、急性呼吸器感染症(Acute Respiratory Infection: ARI)そのものであって、今後はCOVID-19はARIの一つの鑑別診断と考えなければならないということである。
世界各国はこのような戦略の元、必要な検査をあらゆる手段を尽くしておこなっているだけである。例えば、西アフリカのガーナでは、日本が累積PCR施行数が11万件のときに、8万件のPCR検査をこなしていた。ガーナがやっているから日本でできないはずが無いというつもりはない。サーベイランスとして必要なことは、2003年の時もそうであったし、今般ニュージーランドなどが行っているように、検査できてもできなくとも、疑い例は疑い例としてカウントして管理し、そのなかで検査例についての陽性率にいて流行状況を把握するのである。これは通常各国で季節性インフルエンザで行われているサーベイランス手法である。
以上より、今後の日本における症例定義とサーベイランスデザインについて提言を行う。
①臨床ベースサーベイランスとは、臨床医からの届出、診断のための検体提出、それに続く検査結果の報告による、基本的に全数の診断時サーベイランスである。臨床サーイランスでは下記の症例定義を提言したい
②症例定義:
疑い例 基本的に以下の症例について疑い例として報告し、PCR検査を行う。 A. 急性の呼吸器感染症(37.5℃以上の発熱、かつ 咳、息切れ、味覚/嗅覚障害のいずれか一つ)かつ 発症前14日以内のSARS-CoV-2の地域内感染伝播のある地域への渡航/滞在歴あるいは渡航/滞在歴ある人との接触歴 B. 急性の呼吸器症状あるいは味覚/嗅覚障害 かつ 発症14日以内にCOVID-19確定患者との接触歴 C. 急性、重症の呼吸器感染症(発熱、および咳、息切れのいずれか)かつ 入院が必要 かつ 他の病原体で説明が付かない D. 少なくとも以下の症状の内一つがあるすべての急性呼吸器感染症(咳、咽頭痛、息切れ、鼻水、嗅覚/味覚障害)で発熱を伴う・伴わないにかかわらず、合理的な理由で医師が強く疑う場合 |
③運用では、基本的に臨床的に疑った症例については、すべて疑い例として報告し、PCR検査を行う。行えない場合にはその旨を、行った場合にその結果を報告する。これにより臨床定義に合致する症例数、そのなかでのPCR実施率、PCR陽性率が算定できる。これによって、確定患者数、疑い患者数、その中での陽性率が評価できる。十分なPCR検査体制により必要な症例について検査を行うことが極めて重要である。
④解析オプションとして、報告された症例は初診時症状により、以下の類型に分類し、症例類型ごとに陽性・陰性の結果を解析する。
①基本的に広範に蔓延した際には、全数サーベイランスは不可能になるため、流行状況を把握するための症候群サーベイランスを設置しておく
②基本的にインフルエンザ定点サーベイランスと同様である。インフルエンザ定点を使用した定点外来受診者サーベイランスと入院例サーベイランス、病原体サーベイランスを行う
③症例定義(基本的にインフルエンザ外来定点・入院定点を使用する)
④検査、入院は全例、外来例は病原体定点において週に2検体/1定点医療機関にて検体採取行い、陽性率を報告
これは現在行われている以下をきちんと集計するだけである。
①年齢別の検査検体数における陽性数
②全国のPCR検査施設から、毎週の年齢別検査検体数と陽性数を毎週報告をいただく
①医療機関における一般外来における残血清をサンプリングする
②経時的に、1ヶ月間の残血清から適切な数を抽出し、血清IgGをELISAにて検査する
③これにより、地域における既感染率を評価する
④現実的には、厚生労働省感染症流行予測調査事業に対象疾患を一つ加えるだけで可能となる