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シンガポール - COVID-19対策の優等生?それとも?

松村 貴由国立シンガポール大学
COI:なし
注:この記事は、有識者個人の意見です。日本医師会または日本医師会COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
  • 5月19日時点で、シンガポールのCOVID-19患者数は、累計28,794人、死亡22人、ICU患者10人と発表されている。感染者数は多いが、死亡とICU患者数は抑えられている。
  • 2月中旬、世界保健機関WHOのテドロス事務局長はシンガポールの感染対策を高く評価し、ある感染症専門家は、「シンガポールが感染を抑え込めなければ、他の国ができるとは思えない」と述べたという(ロイター紙より)。確かに、シンガポール政府は早期から強力な隔離政策を導入し、高い接触者追跡能力と大量のPCR検査で、2月末までCOVID-19感染者を100人以下、死亡ゼロに抑えていた。
  • しかし、3月下旬から4月にかけて外国人労働者居住施設での感染者が急増、人口当たりの感染者数は世界最悪の国の一つとなった。
  • シンガポール政府は、4月7日サーキット・ブレーカーと名付けた全国民対象の強力な感染封じ込め政策を発動した。その後、再び感染者数の抑え込みに成功し、6月2日のサーキット・ブレーカー解除にむけて対策を進めている。
  • 日本では「自粛と補償はセット」という議論がされるが、シンガポールでは、「強制と補償と罰則はセット」、という感じである。また、無責任なデマを許さず、修正及び削除を義務づけるなど、「恐怖」に対する対応にも積極的である。特に、死亡者が低いのは見事である。高齢者に対する対策が有効であったとみえる。
  • 筆者個人としては、「シンガポールは、政策的な特徴があるものの、非常によく健闘している」と考えている。国民が団結して危機を乗り越えようという意識が、比較的強いお国柄を感じる。
  • 日本、シンガポール、そして全世界でCOVID-19と最前線で戦っている人々に大変感謝しており、拙稿が少しでも参考になれば幸いである。

序文

まずは【図表1】をご覧いただきたい。これは、一部日本のマスコミからも“COVID-19対策の優等生”と評されていたシンガポールがいかに感染者の急増に直面し、それを再び制御しつつあるかを示すグラフである。筆者は2014年以来、シンガポール国立大学で研究に従事してきた。シンガポールにおけるCOVID-19に関する動向を時系列で概観した後、それに伴う政府の対応の特徴点などについて、特に日本と比較しながら記載したい。

図表1
シンガポールにおけるCOVID-19累計感染者数の推移
シンガポール保健省のウェブサイトより。赤:輸入症例。青と緑:外国人労働者。黄:市中感染。
最新情報はhttps://covidsitrep.moh.gov.sg/で入手可能です。

シンガポールにおけるCOVID-19 - 時系列にて【図表2】

第一波:中国から入国した感染者

  • 1月23日 武漢からの中国人観光客がシンガポール初のCOVID-19感染者と判明。
  • 1月28日 武漢からの入国者に14日間の自宅などでの待機指示。
  • 1月31日 自宅待機の対象が中国全土からの入国者となり、のち、Leave of Absence (LOA) 制度(後述)と呼ばれる。

第二波:市中感染の発生と感染症警戒レベルの引き上げ

  • 2月4日 シンガポール初の人から人への市中感染4例発生。
  • 2月7日 感染症警戒レベルを4段階中上から2番目に引き上げ。スーパーマーケットなどで買い占めが発生[1]。
  • 2月17日 中国からの帰国者を対象にLeave of Absence (LOA) より厳しいStay Home Notice (SHN) 制度(後述)の導入決定。
  • 2月29日 累計感染者数100人に到達。
  • 3月3日 Stay Home Notice (SHN) の対象国拡大。入国時発熱あるいは呼吸器症状のある者にPCR検査開始。
  • 3月13日 宗教行事、文化、スポーツ、エンターテイメント行事など250人以上の集まりを原則禁止。

第三波:海外からの帰国者を中心とした患者の増加

  • 3月15日 海外からの帰国者内での感染者が増えているとの声明。以後、輸入症例が増加。
  • 3月18日 全ての海外渡航を控えるよう勧告。3月20日より全ての入国者はStay-Home Notice (SHN)の対象に
  • 3月21日 シンガポール初のCOVID-19による死亡2例。
  • 3月22日 短期滞在の入国者の禁止。
  • 3月24日 バー及び映画館の営業停止。国民の集まりを10名までに制限。

第四波:外国人労働者居住施設における感染者急増

  • 3月30日 外国人労働者居住施設における新規感染クラスターを発表。その後、感染者数は急激に上昇することとなる。
  • 4月1日 累計感染者数1000人に。
  • 4月3日 4月7日から5月4日までのCircuit breaker (サーキット・ブレーカー) と呼ばれる感染封じ込め政策を発表。
  • 4月14日 外出時常時マスク着用が義務化
  • 4月17日 累計患者数5000人を超える。この時期、新規市中感染は1日30人以下を推移する一方で、外国人労働者居住施設での新規発症は連日500人以上となる。
  • 4月20日 新規感染者1426人と1000人を超える。この日が新規感染者のピーク
  • 4月21日 サーキット・ブレーカーの6月1日までの延長を発表。
  • 4月22日 累計感染者数10,000人に。

経済活動再開への取り組み

  • 4月30日 サーキット・ブレーカー明けの段階的な経済活動の再開を発表。
  • 5月12日 感染者数を十分に減少させ、サーキット・ブレーカーは目的を達した、との声明。この頃より、市中感染の新規発症は1日一桁に。
  • 5月19日 サーキット・ブレーカー明けの基本方針発表。この日の時点で、累計感染者数28,794人、死亡22人、ICU患者10人。
図表2
シンガポールにおけるCOVID-19新規発症者数の推移
シンガポール保健省のウェブサイトより。最上段青:全体。黄色:市中感染。緑:寮以外の外国人労働者。4段目青:寮内の外国人労働者。赤:海外からの帰国者。線は7日平均。サーキッド・ブレーカー開始後は灰色。
最新情報はhttps://covidsitrep.moh.gov.sg/で入手可能です。

シンガポール政府の方針 - 日本との比較

シンガポール政府の対策の特徴として筆頭にあげられるのは、強制力を伴う積極的な感染封じ込め政策である。2月中旬、世界保健機関WHOのテドロス事務局長は、“シンガポールは余す余地なく調べ上げている”と評価し、ミネソタ大学の感染症研究・政策センター長のマイケル・オスターホルム氏は、“シンガポールが感染を抑え込めなければ、他の国ができるとは思えない”と述べたという[2]。確かに、シンガポール政府は早期から強力な隔離政策を導入し、高い接触者追跡能力と大量のPCR検査で、2月末までCOVID-19感染者を100人以下、死亡をゼロに抑え込んでいた。

まず、個人に対する隔離制度3つと、のちに導入される国民全体を対象とした封じ込め政策サーキット・ブレーカーについて記載する。

Leave of Absence (LOA)

1月下旬、中国からの帰国者を対象にLeave of Absence (LOA) と呼ばれる14日間の自宅などでの待機指示がでた。2月の段階では違反者に罰則が科せられていたが、より強力なStay Home Notice (SHN)(後述)が導入されたためか、現在では勧告となり罰則はない。Leave of Absence (LOA)下の個人はできるだけ家にいることが求められる。訪問者を限定し、接触した人物の記録が求められる。日常生活を送るために必要な物資の買い物は可能。全国民対象のより強力なサーキット・ブレーカーの発動(後述)により、実質的な意義はなくなった。

Stay Home Notice (SHN)

2月17日中国からの帰国者を対象にStay Home Notice (SHN) と呼ばれる14日間の自宅待機制度の導入が決定。その後、対象国は段階的に増加、最終的には全てのシンガポールへの入国者に14日間の自宅待機制度が課されることとなった。ピーク時には5万人近い者が対象であったが、渡航制限後、対象者は減少。当初は自宅での隔離が主だったが、各種施設の収容人数増加にともない、現在では、政府の準備したホテル他に収容されることとなっている【図表3】。

Leave of Absence (LOA)で許されていた食事、日用品の買い出しも不可。家族、友人、職場に助けてもらうか、食事の配達サービスなどの利用が必要。政府職員が電話、(日本におけるLINEのような)アプリ、ソーシャルネットワークサービス(SNS)で連絡を取る可能性があり、その場合1時間以内に対応しなければならない。できなかった場合は正当な理由の説明が求められる。感染症法に基づき、違反者は1万シンガポールドル(1シンガポールドル=70-80円)までの罰金、6カ月までの拘置、あるいは両方が科される。

図表3
Stay Home Notice (SHN)下の人数の推移
シンガポール保健省のウェブサイトより。黄:自宅での隔離。灰色:ホテルその他での隔離。
最新情報はhttps://covidsitrep.moh.gov.sg/で入手可能です。

Quarantine Order (QO)

Quarantineとは検疫のことである。感染者、感染疑いの者、感染者に接触した者に適用される。感染者に接触した者については、最終接触日に遡り計算して14日間適応される。

Quarantine Order (QO) 下の者はいかなる理由であっても外出できない。一日3回抜き打ちでビデオ電話があり、1時間以内に対応しなければならない。感染症法に基づき、違反者は1万シンガポールドルまでの罰金、6カ月までの拘置、あるいは両方が科される。

当初は在宅でのQuarantine Order (QO) が主体であった。シンガポールは国土が狭いため、若年層も高齢者も一人暮らしは少なく、結婚と同時に親元を離れるのが通常である。単身世帯が少ないシンガポールであるからこそ可能な政策であろう。

この在宅Quarantine Order (QO) という制度は政府にも個人にも相当な負担を課す制度と思われる。

以後は筆者周辺で3月下旬に在宅QOになった家庭からの情報である。ケースバイケースかもしれないが、その負担の重さが分かる。

まず、隔離が決定した場合24時間以内に政府職員が各家庭に調査に入り、自宅での隔離が可能か、隔離施設に移動が必要か、を判定するとのこと。実際に政府職員が訪れたのは深夜25時のこともあったようで、シンガポールのような国土の狭い国においてさえ3月下旬にすでに激務のようであった。

子供二人がQOになった時点で親のうち一人はほぼ自動的にQOになる一方で、二人目の親がQOになることはほとんどない。ある程度柔軟な個別対応がなされているようであった。なお、QO下の個人は家庭内でも原則、食事別、トイレ別、寝室別、を求められ(もちろん特に子供が小さい場合は柔軟な対応がなされるようであるが)、明らかに日本の標準的な家屋事情にはそぐわない。日本において同様な政策をとった場合、在宅でのQOは実質上、家族内の感染は容認する政策といえるだろう。

実際、各種施設の収容能力向上に伴い、4月下旬から在宅でのQOは減少、現在ではほとんどのQO対象者(約3万人)は政府が準備した施設に収容されている【図表4】。

図表4
Quarantine Order (QO)下の人数の推移
シンガポール保健省のウェブサイトより。青:自宅。深緑:場所未定。他は全て、政府により準備された施設。
最新情報はhttps://covidsitrep.moh.gov.sg/で入手可能です。

Circuit breaker (サーキット・ブレーカー)

4月3日、シンガポール政府は4月7日から5月4日までのCircuit breaker (サーキット・ブレーカー)と呼ばれる強力な感染封じ込め政策を発表。4月7日、関連法案Covid-19 (Temporary Measures) Billを可決。概要として、

  • 移動や接触を最小限に抑え、必要不可欠な場合を除いて自宅に留まる。同居家族以外との接触を屋内屋外問わず、人数を問わず禁止。友人はもちろん家族であっても同居していなければ会うことはできない。
  • すべての飲食店は、持ち帰りまたは配達のみ
  • 食品製造・加工、輸入・貿易業者、物流、冷蔵倉庫、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、食料品店等、食品供給業者は、営業継続。
  • 医療福祉、金融、清掃、水、エネルギー、環境関連、交通、通信サービスは継続。
  • その他の必要不可欠とみなされない業種は全て営業停止、職場を閉鎖。必須サービスを提供する事業者は、必要最小限の人数で運営し、厳格な安全距離施策を実施。
  • 学校は完全な在宅指導。保育園相当施設や学童保育を停止。

その後、外出時には常時マウス着用が義務付けられた(ジョギングなど激しい運動をする時のみマスクを外してよい)。マスクをせずに外出した者は300シンガポールドルの罰金。

筆者の経験では、筆者が(必要不可欠と判断された業務のため)大学内に入っても、見かけるのは清掃業者と警備員、わずかに営業している持ち帰り専用のフードコートの店員、ほとんど乗客のいない周回バスの運転手のみ。一般の食料品店に入る際は、入店制限のためまずは1mおきに列に並び、その間に書類に記入、順番が来たら体温測定ののちに入店、と煩雑である。健康維持のためのジョギングは認められているため、大きな公園にいくと他の場所よりは人を見かける。オンライン・ショッピングの頻度が増える。配達員は呼び鈴を鳴らした後、荷物を玄関のそばに置いて、2m離れて待つ、という感じが多い。会計はオンラインですませ、受け取りのサインなどはない。

後述する外国人労働者の居住施設における感染者急増のため、海外のメディアにはサーキット・ブレーカーの効果はあまり伝わっていないようであるが、市中感染についてはサーキット・ブレーカー発動後、着実に減少。新規の市中感染は4月下旬には1日20例以下、5月中旬には1桁の日がほとんどとなった。

罰則を伴う積極的な接触者追跡

感染経路の追跡は積極的におこなっており、感染経路の把握率は比較的高く維持されている【図表5】。2月26日の保健省の発表によると、嘘の情報を提供し、接触者追跡を妨げたとして、夫婦2名を感染症法違反で起訴とのこと[3]。接触者の追跡能力が高いというのは、関係者の努力はもちろんであるが、罰則があることとも関連があろう。

図表5
感染経路の把握状況
シンガポール保健省のウェブサイトより。上段が感染経路を把握している例。下段が感染経路が不明な例。線は7日平均。
最新情報はhttps://covidsitrep.moh.gov.sg/で入手可能です。

目的を明確にした積極的なPCR検査

4月27日、保健省は1日平均2900件のPCR検査を行っており、累計では人口10万人あたり2100人、これは当時のアメリカ (1600/10万人)、イギリス (1000/10万人)の件数よりも多い、と発表した[4]。このとき、PCR検査には、有症状者の診断、接触者追跡における積極的な感染者の同定、特に高リスク集団における調査、の3つの目的がある、と具体的に説明している。また、国家開発大臣ローレンス・ウォン氏は、PCR検査は系統立てて行われなければならない、手を挙げれば誰もが検査を受けられるというものではない、優先順位がある、高齢者施設、第一線の医療従事者、外国人労働者だ、と述べている[5]。

5月8日の報道によると、高齢者用施設の全従業員9000人に対するPCR検査の結果、陽性者は1名のみで、その接触者にも陽性者はいなかった[6]。この職員は適切な感染予防策をとって働いていたため、高齢者への感染が防がれた、とされた。

5月12日の保健省の声明によると、この時点で毎日3000人以上、累計32,000人以上の外国人労働者に対しPCR検査を施行しているが、多くは無症状とのこと。また、この声明で、これまでは世界標準であるPCR検査を主体にしてきたが、これからは抗体検査も研究目的及び選択された集団に併用していく、と表明[7]。

5月14日、ストレートタイムス紙(シンガポールの大手新聞社)は、経済活動再開に向けて、約25,000人以上とされる幼稚園・保育園相当施設の全職員にPCR検査を行うと報じた検査の効率化を図るため、最大5人からの検体を1つにまとめて検査、陽性の場合は該当者に2回目の検査を行う、とのこと。補足すると、5つの検体をまとめてPCR検査を行った場合、原理的には、5つ全て陰性の場合は混ぜた検体も陰性で検査終了。1つでも陽性の検体があれば、混ぜた検体も陽性となるが、5つのうちどれが陽性だったかはわからないので、5人にもう一度検査しに来ていただくこととなる。日頃からPCR検査をしている現場からのアイデアと思われるが、それが国レベルの方針に反映されているようである。また、子供についてはPCR検査を行わない、子供の感染は大人からが多く、子供から子供の感染は少ないため、と説明されている。むやみに安心のために検査数を増やすのではなく、明確な目的をもって検査を行う方針がここでもみられる[8]。

5月17日の時点で、PCR検査数は290,000件以上、10万人あたり約5100件

補足:シンガポールではスワブ検査、という記載も多い。スワブとは検体採取に使用する綿棒のことである。スワブで採取した検体はPCR検査以外にも利用用途があると思われるが、便宜上、本稿ではスワブ検査を日本で認知度の高いPCR検査という言葉と同義として記載している。

積極的な感染者収容施設の確保

4月28日、この時点で新規感染者のほとんどは外国人労働者居住施設の無症状あるいは軽症状の者となっていた。医療資源の有効活用のため保健省は以下の通り施設の使い分けを発表した[9]。

  • 地域ケア施設 (Community Care Facility, CCF):上記のようにPCR陽性が判明したが無症状あるいは軽症状の者。慎重に経過観察され、必要に応じ病院に転送される。この時点で10,000床準備、6月末までに20,000床予定。国際会議場などを転用。
  • 病院、集中治療室 (ICU):入院治療が必要な患者。
  • 地域回復施設 (Community Recovery Facility, CRF)。発症後14日間安定であった患者はその後治療を必要としない場合が多い。その場合はステップダウンとして、CRFに収容。この時点で軍施設に2000床以上準備。
  • スワブ隔離施設 (Swab Isolation Facility, SIF):PCR検査を受けた者は結果が出るまで自宅待機する必要があるが、それができない場合はSIFで結果を待つことができる。この時点で4000床確保。

この発表の前、4月12日には一般病棟に入院中の患者は947人であったが、4月19日には2899人と急増していた。入院患者の急増に対応したものと思われる。幸い、シンガポールにおいては、医療崩壊という言葉は今のところ聞かれない。

積極的な情報開示

COVID-19関連の情報は保健省のウェブサイトで毎日更新されており、本稿でも多く利用した[10]。保健省のツィッターTwitterをフォローしている場合は、毎日図表6のような集計データが送られてくる【図表6】。ここまでは各国同様と思われるが、シンガポールの特徴は、プライバシーの保護より国民への情報開示をやや優先していると思われる点である。基本的に感染経路が判明した場合は、店名は全て公表していると思われる。例をあげると、小学校の先生がCOVID-19に感染した際には、もちろん学校名は公表。個人名は報道されないものの、政府から、〇〇小学校のケースでは〇歳女性が〇月〇日に〇〇という飲食店に行った際に感染者と接点あり、と発表されるため、その学校の関係者ならば、感染者個人の行動をある程度特定できてしまう。このような報道は、政府が感染経路を追跡できていることを示すことで国民に安心感を与える一方で、プライバシー保護との両立は難しいようである。

図表6
シンガポール政府のTwitter
毎日集計結果が送られる。図は退院患者数が新規患者数を上回った日のもの。
最新情報はhttps://twitter.com/govsingaporeで入手可能です。

迅速な対応、迅速すぎる対応

2月7日の感染症警戒レベルの引き上げに伴い、トイレットペーパーなどの買い占めが発生[1]。翌日には首相が1回目のビデオメッセージで、“昨日おきたようにインスタント麺、缶詰、トイレットペーパーを買いだめする必要はない” 、”恐怖はウイルス自体よりも害をおよぼすことがある” とメッセージを送った。政府が次々と新しい政策を施行するのは望ましい面もあるが、国民、在住外国人にとってはそれに対応するのも一苦労である。

3月15日日曜日、日本、アセアン諸国、スイス、イギリスからシンガポールに入国する場合に14日間のStay Home Notice (SHN) が決定。3月16日月曜日23:59から適用と発表された。このとき、日本に一時帰国中であった在シンガポール日本人で、Stay Home Notice (SHN) を回避したい者は、日本滞在を切り上げ3月16日夜までにシンガポールに到着しないといけないということになった。3月15日の時点で、日曜日だからといってシンガポール政府の情報を確認しなかった一時帰国中の日本人は苦労されたことと推察する。

また、先に記載したLeave of Absence (LOA) という言葉は、現在ではStay-Home Notice (SHN) より一段階低い、罰則を伴わない勧告、という解釈である。しかし、今回本稿執筆にあたり過去の新聞記事を調べる中で、2月の時点ではLeave of Absence (LOA) に罰則があったことに気づいた。もちろん、政府の日々の発表を逐一追っていれば、この用語がいつどのように意味を変えていったのか確認できるのであろうが、筆者を含む一般庶民の感覚で言えば、一つの用語の意味が“いつの間にか”変わってしまった、という感じである。シンガポール政府としては常に丁寧な説明を最大限心掛けているのであろうが、国民、在住外国人としてはフォローするのが大変である。

明確な方向性の修正

シンガポール政府は、マスク使用についての方針をサーキット・ブレーカー施行時に明確に修正している。当初の政府の方針は、世界保健機関WHOの勧告に基づき、マスクは他者を保護するためのものであり、症状がある時のみマスクを着用する、というものあった。しかし、その後シンガポールでは国内感染が増加し、“状況が変わりつつある”とし、最終的には外出時のマスク着用は必須となった。この方針転換には一定の批判があったが[11]、COVID-19のような未知の脅威に対応するためには、状況が変われば判断もかわる、という姿勢は評価されるべき、あるいは少なくとも許容されるべきものと思われる。

強制と補償と罰則と

日本人の間でも、シンガポールではガムは罰金というのは広く知られていると思われるが、シンガポールにおける罰則は見せかけではない。日本では“自粛と補償はセット”かどうか、という議論があるようだが、シンガポールでは、強制と補償と罰則はセット、という感じである。いくつか例を挙げる。

  • 2月26日 Stay Home Notice (SHN) を守らなかった永住権保持者の永住権をはく奪、シンガポール再入国も禁止[12]。
  • 4月2日 850か所以上の職場を調査。職場内での感染対策を怠ったとして、129か所に業務停止命令、260か所に改善命令[13]。
  • 4月9日 就労ビザ保持者が夕方に仕事を終え食事をとった後、いろいろな場所を長時間歩いていた、として就労ビザをはく奪[14]。
  • 4月10日から12日の3日間でフリスビーやサッカーなどをしていたとして、39件の罰金[14]。
  • 5月13日 Stay-Home Notice (SHN) 中の外国人パイロットがマスクと体温計購入のため外出したとして、4週間の拘置(シンガポールに執行猶予の制度はない)[15]。

一方で、経済及び一般家庭支援のため2月7日64億シンガポールドル、3月26日480億シンガポールドル、4月6日51億シンガポールドルの追加予算が発表された。

高齢者への対応

シンガポールでは、感染者数のわりに死亡数が少ない。後述の通り、これは感染者の大多数が無症状あるいは軽症状の外国人労働者であることが主な理由であろう。一方で、感染した場合に重症化しやすいとされる高齢者に対する対策も早い段階で行ってきた。

  • 3月10日 高齢者の食事会から47人の当時最大の感染クラスター発生。高齢者が参加する政府関連の活動を14日間停止[16]。
  • 4月1日 高齢者用施設にて16人の新規感染クラスター発生。全ての高齢者用施設の訪問者を28日間禁止[17]。
  • 4月10日 首相は、“私も高齢者だから、あなたの気持ちはわかる”“高齢者はウイルスに弱い”“だから家にいてほしい”と高齢者に向けて明確なメッセージを発信[18]。
  • 5月8日 上述の通り、高齢者用施設の全従業員9000人に対するPCR検査を施行。従業員から高齢者への感染を未然に防止

オンライン虚偽情報・情報操作防止法

(The Protection from Online Falsehoods and Manipulation Act, POFMA)

POFMA法自体は、COVID-19発生以前、2019年秋につくられた法律。ウェブサイト、ネット掲示板、フェイスブックFacebookやツィッターTwitterを含むソーシャルメディアにおいて、政府が虚偽と認定した内容は訂正が命じられ、変更ないし削除する義務が発生する。

一例をあげると、フェイスブック記事でマスクの在庫がもうないという報道がされたが、これは虚偽である、としてPOFMA法が適用された。政府のウェブサイト上で、どの記事のどの部分が具体的にどう間違っているのか、告知される[19]。上述した首相のメッセージ、”恐怖はウイルス自体よりも害をおよぼすことがある”の通り、無責任なデマは許さない、という政府の強い姿勢が垣間見える。

外国人労働者居住施設における感染急増

狭いシンガポールにもかかわらず筆者自身も実際に外国人労働者居住施設を見たことはないのだが、ロイター紙などによれば、旅行者などはまず訪れない地区にあり、バングラデッシュやインドなどからの労働者が12人程度一部屋に住み、共同トイレを使用、決して衛生環境が良いとは言えない状況で暮らしているという[20]。4月に入り、シンガポール国内における新規感染者数は急増したが、そのほとんどが、このような外国人労働者居住施設内の感染によるものだった。インド人街に有名なショッピングセンターがあるのだが、そこの感染クラスターと関連があり、そこから建設現場、そして彼らの寮へ感染が拡大、ほとんどが軽症状で仕事を継続できたがために急激な感染の拡大を許した、という推測がされている[21]。

サーキット・ブレーカー発動後、市中感染は着実に減少し、4月下旬には新規感染者は1日30人以下を推移するなか、外国人労働者居住施設での新規感染者は連日500人以上、時に1000人以上となり、シンガポールの人口当たり感染者数を世界最悪レベルまでに引き上げることとなった。同室の者がPCR検査陽性となってもすぐにはPCR検査を受けられないケースもあったという[22]。5月9日の日本のNHKニュースでも、ローレンス・ウォン国家開発大臣が、外国人労働者の宿舎で一気に感染拡大すると予想できなかった、予想できていれば違う措置をとっていた、と対応の遅れを認めたことが報じられた[23]。

シンガポール政府は彼らを隔離して検査を繰り返すことにより、(本稿執筆時点では)感染者数を制御しつつあるが、当然ながらメディアや人権団体からの批判を受けた[24]。日本では“三密”を避ける、といった話があると聞くが、居住環境自体が密集、密接だった場合は対応が難しいのは容易に想像される。

在シンガポール日本大使館の情報発信

上述のように、政府の発表は日々更新されていき、往々にして日本人が日常会話ではあまり使わない英単語が含まれる。重要な政府発表がなされた場合は、早ければ当日夜、あるいは翌日に在シンガポール日本大使館からシンガポール在住日本人あてに、発表内容の概要を和訳したメールが送信される。

これまで“新型コロナウイルスの発生に関する注意喚起”という題名で、20通以上のメールが配信されており参考になる。これは在留届(あるいは、渡航者対象の登録)を提出している日本人のみが対象であるが、在シンガポール日本大使館のウェブサイトでも内容を確認することができる[25]。

今後の見通しと課題

サーキット・ブレーカー解除後の感染制御対策

サーキット・ブレーカーは罰則つきの極めて強力な感染封じ込め政策であり、筆者個人の感想を述べると、これで感染者数が減るのは当然、これで無理なら諦めるしかない、というレベルである。経済活動の維持という意味でも個々人の精神的にも1、2か月が限度であり、明らかに持続不可能な政策といえる。

新規感染者数の減少をうけて、5月19日、政府はサーキット・ブレーカー解除後の方針について発表した。概要は以下の通り。

第一段階 (Phase One) 安全な再開 6月2日より
  • 国民、とくに高齢者は、引き続き必要不可欠な場合のみ外出。引き続き外出中はマスク着用が義務。
  • 感染リスクの高くない経済活動を再開。多くの製造業は完全な再稼働が可能。多くの職場も、安全距離を遵守し、在宅勤務を最大限活用したうえで再開可能。
  • 多くの小売店、個人向けサービスは再開しない飲食店での店内での飲食は引き続き禁止
  • 両親及び祖父母を訪れることを許可。ただし、来客は1日1回のみ。
  • 保育園を徐々に再開。小中学校の最終学年は毎日の登校を許可。その他の学年は1週間ごとに在宅学習と登校を繰り返す。
第二段階 (Phase Two) 安全な移行
  • 第一段階で感染者数は再び増加すると想定される。市中感染の程度が低いまま数週間推移し、外国人労働者居住施設での感染が制御可能な状態であれば、第二段階に移行。
  • 少人数の集まりを許可
  • 飲食店の店内での食事、小売店、ジム、フィットネススタジオなど徐々に再開。スポーツ、リクリエンション、アウトドア施設も再開。
  • 全生徒の登校を再開
第三段階 (Phase Three) 安全な国家
  • 規制を徐々に緩和。多くの集会が再開されるが、人数は制限される。高齢者の日常活動も混雑を避けた上で可能。シンガポール政府はこれを“ニュー・ノーマル”と呼び、COVID-19に対する有効なワクチンか治療法が開発されるまで継続する。
  • 飲食店店内での飲食と多くの小売業は引き続き禁止となった。第一段階から第二段階への移行については特に具体的な数値目標が提示されたわけではなく、今後も適宜柔軟に検討、ということのようである。サーキット・ブレーカー明けには感染者数の再増加が予想され、どのような対策をとるのか、難しい選択を迫られるものと予想する。

PCR検査と抗体検査の使い分け

シンガポール政府の方針決定は、これまでほとんどPCR検査をもとにしている。5月12日の時点で、抗体検査も利用している、と発表されているが、今後、PCR検査と抗体検査それぞれをどのように活用していくかについては、まだ明確な方向性が示されていないようである。

COVID-19“持続”陽性患者への対応

シンガポール政府は、感染者の隔離施設退所基準を連日の検査で2回陰性としてきた。しかし、5月16日のストレートタイムス紙によると、一部の患者は臨床的に健康にもかかわらずCOVID-19陽性が“持続”しており、38から51日間の隔離を余儀なくされている。このため、COVID-19陽性だが感染性はないと判断された患者18人が、隔離施設を退所した(ただし、自宅でのさらなる7日間の隔離は必要)。報道によると、これらの患者は死んだウイルスを放出しており、PCR検査で検出されうるが感染性は消失している、との判断である[26]。今後このような患者にどのように対応していくかは課題といえよう。

海外との人的交流の再開

5月19日の発表では、海外との人的交流の再開については、上記三段階とは別個に判断するとされた。感染伝播のリスクがシンガポールより低いか同等の国々から、試験的に入出国を認めるグリーン・レーン制度の可能性も模索中とのこと。

日本および諸外国で議論されている集団免疫の理論がある程度真実であるならば、シンガポールの集団免疫の率は(外国人労働者を除き)まだ低い可能性があり、今後も輸入症例からの感染拡大には注意が必要であろう。

結語

本稿の性質上、シンガポールの政策の特徴的な点を中心に記載せざるをえず、それらが際立ってしまうために、シンガポールの政策に対してネガティブな印象を持たれた方もいるかもしれない。

しかし、実際には筆者個人としては、シンガポールは非常によく健闘しているのではないかと考えている。なるべく正確かつ客観的な記載を心掛けたが、筆者の誤解もあるかもしれない。本稿の記載のほとんどは政府のウェブサイトあるいは大手新聞社のウェブサイトで確認することができる。興味を持たれた方は、ぜひそちらで元の情報を参照していただきたい。

4月25日19時55分、第一線で働く人々、海外からの労働者への感謝を示すために、数千人の国民が窓際やベランダでシンガポールの国民的歌“Home”を歌う、というイベントが行われた[27]。筆者個人の印象ではあるが、シンガポールは、国民が団結して危機を乗り越えよう、という意識が比較的強いお国柄のように感じる。筆者自身も日本、シンガポール、そして全世界でCOVID-19と最前線で戦っている人々に大変感謝しており、拙稿が少しでも参考になれば幸いである。

参考となるウェブサイト

  • シンガポール保健省 https://covidsitrep.moh.gov.sg/
  • 在シンガポール日本大使館 https://www.sg.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html
  • The Straits Times紙(シンガポールの新聞社) https://www.straitstimes.com/coronavirus
[引用文献]
  1. https://www.reuters.com/article/us-china-health-singapore/singapore-lifts-virus-alert-to-sars-level-sparking-panic-buying-idUSKBN20111X
  2. https://www.reuters.com/article/us-china-health-singapore-analysis/why-singapores-admired-virus-playbook-cant-be-replicated-idUSKBN20E0I4
  3. https://www.moh.gov.sg/news-highlights/details/two-charged-under-infectious-diseases-act-for-false-information-and-obstruction-of-contact-tracing
  4. https://www.moh.gov.sg/news-highlights/details/scaling-up-of-covid-19-testing
  5. https://www.straitstimes.com/singapore/testing-must-be-done-in-coordinated-strategic-way-minister
  6. https://www.channelnewsasia.com/news/singapore/covid-19-testing-nursing-home-residents-employees-ren-ci-amk-12714984
  7. https://www.moh.gov.sg/news-highlights/details/controlling-the-outbreak-preparing-for-the-next-phase
  8. https://www.straitstimes.com/singapore/education/all-pre-school-staff-to-take-covid-19-swab-test-before-centres-reopen
  9. https://www.moh.gov.sg/news-highlights/details/comprehensive-medical-strategy-for-covid-19
  10. https://covidsitrep.moh.gov.sg/
  11. https://www.msn.com/en-sg/news/singapore/chee-soon-juan-says-it-again-2-mistakes-worsened-covid-19-crisis/ar-BB12ThEd
  12. https://www.sgpc.gov.sg/media_releases/ica/press_release/P-20200226-2
  13. https://www.straitstimes.com/singapore/coronavirus-129stop-work-orders-issued-to-companies-not-implementing-safe-distancing-at
  14. https://www.mom.gov.sg/newsroom/press-releases/2020/0412-work-pass-revoked-and-fines-issued-for-breaching-circuit-breaker-measures
  15. https://www.channelnewsasia.com/news/singapore/american-pilot-jailed-for-breaching-stay-home-notice-to-buy-12727486
  16. https://www.straitstimes.com/singapore/health/social-activities-for-seniors-on-hold-for-14-days-as-precaution
  17. https://www.straitstimes.com/singapore/life-goes-on-amid-regular-checks-at-old-age-home
  18. https://www.pmo.gov.sg/Newsroom/PM-Lee-Hsien-Loong-on-the-COVID-19-situation-in-Singapore-on-10-April-2020
  19. https://www.gov.sg/article/factually-clarifications-on-falsehoods-posted-by-str-on-availability-of-face-masks
  20. https://www.reuters.com/article/us-health-coronavirus-singapore-migrants/the-s11-dormitory-inside-singapores-biggest-coronavirus-cluster-idUSKBN2230RK
  21. https://www.straitstimes.com/singapore/record-287-new-covid-19-cases-in-spore-links-found-between-mustafa-centre-and-clusters-in
  22. https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/tale-of-2-outbreaks-singapore-tackles-a-costly-setback/2020/05/12/03fbc978-942a-11ea-87a3-22d324235636_story.html
  23. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200509/k10012423641000.html
  24. https://www.reuters.com/article/health-coronavirus-singapore-migrants/migrant-workers-fear-massive-singapore-dormitory-lockdown-is-coronavirus-time-bomb-idUSL8N2BU0NQ
  25. https://www.sg.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html
  26. https://www.straitstimes.com/singapore/18-discharged-from-dresort-community-isolation-care-after-being-cleared-of-coronavirus-moh
  27. https://www.straitstimes.com/singapore/popular-song-home-sung-across-singapore-to-thank-front-line-migrant-workers