松村 貴由 | 国立シンガポール大学 |
COI: | なし |
まずは【図表1】をご覧いただきたい。これは、一部日本のマスコミからも“COVID-19対策の優等生”と評されていたシンガポールがいかに感染者の急増に直面し、それを再び制御しつつあるかを示すグラフである。筆者は2014年以来、シンガポール国立大学で研究に従事してきた。シンガポールにおけるCOVID-19に関する動向を時系列で概観した後、それに伴う政府の対応の特徴点などについて、特に日本と比較しながら記載したい。
図表1 |
シンガポールにおけるCOVID-19累計感染者数の推移 |
シンガポール保健省のウェブサイトより。赤:輸入症例。青と緑:外国人労働者。黄:市中感染。 |
最新情報はhttps://covidsitrep.moh.gov.sg/で入手可能です。 |
図表2 |
シンガポールにおけるCOVID-19新規発症者数の推移 |
シンガポール保健省のウェブサイトより。最上段青:全体。黄色:市中感染。緑:寮以外の外国人労働者。4段目青:寮内の外国人労働者。赤:海外からの帰国者。線は7日平均。サーキッド・ブレーカー開始後は灰色。 |
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シンガポール政府の対策の特徴として筆頭にあげられるのは、強制力を伴う積極的な感染封じ込め政策である。2月中旬、世界保健機関WHOのテドロス事務局長は、“シンガポールは余す余地なく調べ上げている”と評価し、ミネソタ大学の感染症研究・政策センター長のマイケル・オスターホルム氏は、“シンガポールが感染を抑え込めなければ、他の国ができるとは思えない”と述べたという[2]。確かに、シンガポール政府は早期から強力な隔離政策を導入し、高い接触者追跡能力と大量のPCR検査で、2月末までCOVID-19感染者を100人以下、死亡をゼロに抑え込んでいた。
まず、個人に対する隔離制度3つと、のちに導入される国民全体を対象とした封じ込め政策サーキット・ブレーカーについて記載する。
1月下旬、中国からの帰国者を対象にLeave of Absence (LOA) と呼ばれる14日間の自宅などでの待機指示がでた。2月の段階では違反者に罰則が科せられていたが、より強力なStay Home Notice (SHN)(後述)が導入されたためか、現在では勧告となり罰則はない。Leave of Absence (LOA)下の個人はできるだけ家にいることが求められる。訪問者を限定し、接触した人物の記録が求められる。日常生活を送るために必要な物資の買い物は可能。全国民対象のより強力なサーキット・ブレーカーの発動(後述)により、実質的な意義はなくなった。
2月17日中国からの帰国者を対象にStay Home Notice (SHN) と呼ばれる14日間の自宅待機制度の導入が決定。その後、対象国は段階的に増加、最終的には全てのシンガポールへの入国者に14日間の自宅待機制度が課されることとなった。ピーク時には5万人近い者が対象であったが、渡航制限後、対象者は減少。当初は自宅での隔離が主だったが、各種施設の収容人数増加にともない、現在では、政府の準備したホテル他に収容されることとなっている【図表3】。
Leave of Absence (LOA)で許されていた食事、日用品の買い出しも不可。家族、友人、職場に助けてもらうか、食事の配達サービスなどの利用が必要。政府職員が電話、(日本におけるLINEのような)アプリ、ソーシャルネットワークサービス(SNS)で連絡を取る可能性があり、その場合1時間以内に対応しなければならない。できなかった場合は正当な理由の説明が求められる。感染症法に基づき、違反者は1万シンガポールドル(1シンガポールドル=70-80円)までの罰金、6カ月までの拘置、あるいは両方が科される。
図表3 |
Stay Home Notice (SHN)下の人数の推移 |
シンガポール保健省のウェブサイトより。黄:自宅での隔離。灰色:ホテルその他での隔離。 |
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Quarantineとは検疫のことである。感染者、感染疑いの者、感染者に接触した者に適用される。感染者に接触した者については、最終接触日に遡り計算して14日間適応される。
Quarantine Order (QO) 下の者はいかなる理由であっても外出できない。一日3回抜き打ちでビデオ電話があり、1時間以内に対応しなければならない。感染症法に基づき、違反者は1万シンガポールドルまでの罰金、6カ月までの拘置、あるいは両方が科される。
当初は在宅でのQuarantine Order (QO) が主体であった。シンガポールは国土が狭いため、若年層も高齢者も一人暮らしは少なく、結婚と同時に親元を離れるのが通常である。単身世帯が少ないシンガポールであるからこそ可能な政策であろう。
この在宅Quarantine Order (QO) という制度は政府にも個人にも相当な負担を課す制度と思われる。
以後は筆者周辺で3月下旬に在宅QOになった家庭からの情報である。ケースバイケースかもしれないが、その負担の重さが分かる。
まず、隔離が決定した場合24時間以内に政府職員が各家庭に調査に入り、自宅での隔離が可能か、隔離施設に移動が必要か、を判定するとのこと。実際に政府職員が訪れたのは深夜25時のこともあったようで、シンガポールのような国土の狭い国においてさえ3月下旬にすでに激務のようであった。
子供二人がQOになった時点で親のうち一人はほぼ自動的にQOになる一方で、二人目の親がQOになることはほとんどない。ある程度柔軟な個別対応がなされているようであった。なお、QO下の個人は家庭内でも原則、食事別、トイレ別、寝室別、を求められ(もちろん特に子供が小さい場合は柔軟な対応がなされるようであるが)、明らかに日本の標準的な家屋事情にはそぐわない。日本において同様な政策をとった場合、在宅でのQOは実質上、家族内の感染は容認する政策といえるだろう。
実際、各種施設の収容能力向上に伴い、4月下旬から在宅でのQOは減少、現在ではほとんどのQO対象者(約3万人)は政府が準備した施設に収容されている【図表4】。
図表4 |
Quarantine Order (QO)下の人数の推移 |
シンガポール保健省のウェブサイトより。青:自宅。深緑:場所未定。他は全て、政府により準備された施設。 |
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4月3日、シンガポール政府は4月7日から5月4日までのCircuit breaker (サーキット・ブレーカー)と呼ばれる強力な感染封じ込め政策を発表。4月7日、関連法案Covid-19 (Temporary Measures) Billを可決。概要として、
その後、外出時には常時マウス着用が義務付けられた(ジョギングなど激しい運動をする時のみマスクを外してよい)。マスクをせずに外出した者は300シンガポールドルの罰金。
筆者の経験では、筆者が(必要不可欠と判断された業務のため)大学内に入っても、見かけるのは清掃業者と警備員、わずかに営業している持ち帰り専用のフードコートの店員、ほとんど乗客のいない周回バスの運転手のみ。一般の食料品店に入る際は、入店制限のためまずは1mおきに列に並び、その間に書類に記入、順番が来たら体温測定ののちに入店、と煩雑である。健康維持のためのジョギングは認められているため、大きな公園にいくと他の場所よりは人を見かける。オンライン・ショッピングの頻度が増える。配達員は呼び鈴を鳴らした後、荷物を玄関のそばに置いて、2m離れて待つ、という感じが多い。会計はオンラインですませ、受け取りのサインなどはない。
後述する外国人労働者の居住施設における感染者急増のため、海外のメディアにはサーキット・ブレーカーの効果はあまり伝わっていないようであるが、市中感染についてはサーキット・ブレーカー発動後、着実に減少。新規の市中感染は4月下旬には1日20例以下、5月中旬には1桁の日がほとんどとなった。
感染経路の追跡は積極的におこなっており、感染経路の把握率は比較的高く維持されている【図表5】。2月26日の保健省の発表によると、嘘の情報を提供し、接触者追跡を妨げたとして、夫婦2名を感染症法違反で起訴とのこと[3]。接触者の追跡能力が高いというのは、関係者の努力はもちろんであるが、罰則があることとも関連があろう。
図表5 |
感染経路の把握状況 |
シンガポール保健省のウェブサイトより。上段が感染経路を把握している例。下段が感染経路が不明な例。線は7日平均。 |
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4月27日、保健省は1日平均2900件のPCR検査を行っており、累計では人口10万人あたり2100人、これは当時のアメリカ (1600/10万人)、イギリス (1000/10万人)の件数よりも多い、と発表した[4]。このとき、PCR検査には、有症状者の診断、接触者追跡における積極的な感染者の同定、特に高リスク集団における調査、の3つの目的がある、と具体的に説明している。また、国家開発大臣ローレンス・ウォン氏は、PCR検査は系統立てて行われなければならない、手を挙げれば誰もが検査を受けられるというものではない、優先順位がある、高齢者施設、第一線の医療従事者、外国人労働者だ、と述べている[5]。
5月8日の報道によると、高齢者用施設の全従業員9000人に対するPCR検査の結果、陽性者は1名のみで、その接触者にも陽性者はいなかった[6]。この職員は適切な感染予防策をとって働いていたため、高齢者への感染が防がれた、とされた。
5月12日の保健省の声明によると、この時点で毎日3000人以上、累計32,000人以上の外国人労働者に対しPCR検査を施行しているが、多くは無症状とのこと。また、この声明で、これまでは世界標準であるPCR検査を主体にしてきたが、これからは抗体検査も研究目的及び選択された集団に併用していく、と表明[7]。
5月14日、ストレートタイムス紙(シンガポールの大手新聞社)は、経済活動再開に向けて、約25,000人以上とされる幼稚園・保育園相当施設の全職員にPCR検査を行うと報じた。検査の効率化を図るため、最大5人からの検体を1つにまとめて検査、陽性の場合は該当者に2回目の検査を行う、とのこと。補足すると、5つの検体をまとめてPCR検査を行った場合、原理的には、5つ全て陰性の場合は混ぜた検体も陰性で検査終了。1つでも陽性の検体があれば、混ぜた検体も陽性となるが、5つのうちどれが陽性だったかはわからないので、5人にもう一度検査しに来ていただくこととなる。日頃からPCR検査をしている現場からのアイデアと思われるが、それが国レベルの方針に反映されているようである。また、子供についてはPCR検査を行わない、子供の感染は大人からが多く、子供から子供の感染は少ないため、と説明されている。むやみに安心のために検査数を増やすのではなく、明確な目的をもって検査を行う方針がここでもみられる[8]。
5月17日の時点で、PCR検査数は290,000件以上、10万人あたり約5100件。
補足:シンガポールではスワブ検査、という記載も多い。スワブとは検体採取に使用する綿棒のことである。スワブで採取した検体はPCR検査以外にも利用用途があると思われるが、便宜上、本稿ではスワブ検査を日本で認知度の高いPCR検査という言葉と同義として記載している。
4月28日、この時点で新規感染者のほとんどは外国人労働者居住施設の無症状あるいは軽症状の者となっていた。医療資源の有効活用のため保健省は以下の通り施設の使い分けを発表した[9]。
この発表の前、4月12日には一般病棟に入院中の患者は947人であったが、4月19日には2899人と急増していた。入院患者の急増に対応したものと思われる。幸い、シンガポールにおいては、医療崩壊という言葉は今のところ聞かれない。
COVID-19関連の情報は保健省のウェブサイトで毎日更新されており、本稿でも多く利用した[10]。保健省のツィッターTwitterをフォローしている場合は、毎日図表6のような集計データが送られてくる【図表6】。ここまでは各国同様と思われるが、シンガポールの特徴は、プライバシーの保護より国民への情報開示をやや優先していると思われる点である。基本的に感染経路が判明した場合は、店名は全て公表していると思われる。例をあげると、小学校の先生がCOVID-19に感染した際には、もちろん学校名は公表。個人名は報道されないものの、政府から、〇〇小学校のケースでは〇歳女性が〇月〇日に〇〇という飲食店に行った際に感染者と接点あり、と発表されるため、その学校の関係者ならば、感染者個人の行動をある程度特定できてしまう。このような報道は、政府が感染経路を追跡できていることを示すことで国民に安心感を与える一方で、プライバシー保護との両立は難しいようである。
図表6 |
シンガポール政府のTwitter |
毎日集計結果が送られる。図は退院患者数が新規患者数を上回った日のもの。 |
最新情報はhttps://twitter.com/govsingaporeで入手可能です。 |
2月7日の感染症警戒レベルの引き上げに伴い、トイレットペーパーなどの買い占めが発生[1]。翌日には首相が1回目のビデオメッセージで、“昨日おきたようにインスタント麺、缶詰、トイレットペーパーを買いだめする必要はない” 、”恐怖はウイルス自体よりも害をおよぼすことがある” とメッセージを送った。政府が次々と新しい政策を施行するのは望ましい面もあるが、国民、在住外国人にとってはそれに対応するのも一苦労である。
3月15日日曜日、日本、アセアン諸国、スイス、イギリスからシンガポールに入国する場合に14日間のStay Home Notice (SHN) が決定。3月16日月曜日23:59から適用と発表された。このとき、日本に一時帰国中であった在シンガポール日本人で、Stay Home Notice (SHN) を回避したい者は、日本滞在を切り上げ3月16日夜までにシンガポールに到着しないといけないということになった。3月15日の時点で、日曜日だからといってシンガポール政府の情報を確認しなかった一時帰国中の日本人は苦労されたことと推察する。
また、先に記載したLeave of Absence (LOA) という言葉は、現在ではStay-Home Notice (SHN) より一段階低い、罰則を伴わない勧告、という解釈である。しかし、今回本稿執筆にあたり過去の新聞記事を調べる中で、2月の時点ではLeave of Absence (LOA) に罰則があったことに気づいた。もちろん、政府の日々の発表を逐一追っていれば、この用語がいつどのように意味を変えていったのか確認できるのであろうが、筆者を含む一般庶民の感覚で言えば、一つの用語の意味が“いつの間にか”変わってしまった、という感じである。シンガポール政府としては常に丁寧な説明を最大限心掛けているのであろうが、国民、在住外国人としてはフォローするのが大変である。
シンガポール政府は、マスク使用についての方針をサーキット・ブレーカー施行時に明確に修正している。当初の政府の方針は、世界保健機関WHOの勧告に基づき、マスクは他者を保護するためのものであり、症状がある時のみマスクを着用する、というものあった。しかし、その後シンガポールでは国内感染が増加し、“状況が変わりつつある”とし、最終的には外出時のマスク着用は必須となった。この方針転換には一定の批判があったが[11]、COVID-19のような未知の脅威に対応するためには、状況が変われば判断もかわる、という姿勢は評価されるべき、あるいは少なくとも許容されるべきものと思われる。
日本人の間でも、シンガポールではガムは罰金というのは広く知られていると思われるが、シンガポールにおける罰則は見せかけではない。日本では“自粛と補償はセット”かどうか、という議論があるようだが、シンガポールでは、強制と補償と罰則はセット、という感じである。いくつか例を挙げる。
一方で、経済及び一般家庭支援のため2月7日64億シンガポールドル、3月26日480億シンガポールドル、4月6日51億シンガポールドルの追加予算が発表された。
シンガポールでは、感染者数のわりに死亡数が少ない。後述の通り、これは感染者の大多数が無症状あるいは軽症状の外国人労働者であることが主な理由であろう。一方で、感染した場合に重症化しやすいとされる高齢者に対する対策も早い段階で行ってきた。
POFMA法自体は、COVID-19発生以前、2019年秋につくられた法律。ウェブサイト、ネット掲示板、フェイスブックFacebookやツィッターTwitterを含むソーシャルメディアにおいて、政府が虚偽と認定した内容は訂正が命じられ、変更ないし削除する義務が発生する。
一例をあげると、フェイスブック記事でマスクの在庫がもうないという報道がされたが、これは虚偽である、としてPOFMA法が適用された。政府のウェブサイト上で、どの記事のどの部分が具体的にどう間違っているのか、告知される[19]。上述した首相のメッセージ、”恐怖はウイルス自体よりも害をおよぼすことがある”の通り、無責任なデマは許さない、という政府の強い姿勢が垣間見える。
狭いシンガポールにもかかわらず筆者自身も実際に外国人労働者居住施設を見たことはないのだが、ロイター紙などによれば、旅行者などはまず訪れない地区にあり、バングラデッシュやインドなどからの労働者が12人程度一部屋に住み、共同トイレを使用、決して衛生環境が良いとは言えない状況で暮らしているという[20]。4月に入り、シンガポール国内における新規感染者数は急増したが、そのほとんどが、このような外国人労働者居住施設内の感染によるものだった。インド人街に有名なショッピングセンターがあるのだが、そこの感染クラスターと関連があり、そこから建設現場、そして彼らの寮へ感染が拡大、ほとんどが軽症状で仕事を継続できたがために急激な感染の拡大を許した、という推測がされている[21]。
サーキット・ブレーカー発動後、市中感染は着実に減少し、4月下旬には新規感染者は1日30人以下を推移するなか、外国人労働者居住施設での新規感染者は連日500人以上、時に1000人以上となり、シンガポールの人口当たり感染者数を世界最悪レベルまでに引き上げることとなった。同室の者がPCR検査陽性となってもすぐにはPCR検査を受けられないケースもあったという[22]。5月9日の日本のNHKニュースでも、ローレンス・ウォン国家開発大臣が、外国人労働者の宿舎で一気に感染拡大すると予想できなかった、予想できていれば違う措置をとっていた、と対応の遅れを認めたことが報じられた[23]。
シンガポール政府は彼らを隔離して検査を繰り返すことにより、(本稿執筆時点では)感染者数を制御しつつあるが、当然ながらメディアや人権団体からの批判を受けた[24]。日本では“三密”を避ける、といった話があると聞くが、居住環境自体が密集、密接だった場合は対応が難しいのは容易に想像される。
上述のように、政府の発表は日々更新されていき、往々にして日本人が日常会話ではあまり使わない英単語が含まれる。重要な政府発表がなされた場合は、早ければ当日夜、あるいは翌日に在シンガポール日本大使館からシンガポール在住日本人あてに、発表内容の概要を和訳したメールが送信される。
これまで“新型コロナウイルスの発生に関する注意喚起”という題名で、20通以上のメールが配信されており参考になる。これは在留届(あるいは、渡航者対象の登録)を提出している日本人のみが対象であるが、在シンガポール日本大使館のウェブサイトでも内容を確認することができる[25]。
サーキット・ブレーカーは罰則つきの極めて強力な感染封じ込め政策であり、筆者個人の感想を述べると、これで感染者数が減るのは当然、これで無理なら諦めるしかない、というレベルである。経済活動の維持という意味でも個々人の精神的にも1、2か月が限度であり、明らかに持続不可能な政策といえる。
新規感染者数の減少をうけて、5月19日、政府はサーキット・ブレーカー解除後の方針について発表した。概要は以下の通り。
シンガポール政府の方針決定は、これまでほとんどPCR検査をもとにしている。5月12日の時点で、抗体検査も利用している、と発表されているが、今後、PCR検査と抗体検査それぞれをどのように活用していくかについては、まだ明確な方向性が示されていないようである。
シンガポール政府は、感染者の隔離施設退所基準を連日の検査で2回陰性としてきた。しかし、5月16日のストレートタイムス紙によると、一部の患者は臨床的に健康にもかかわらずCOVID-19陽性が“持続”しており、38から51日間の隔離を余儀なくされている。このため、COVID-19陽性だが感染性はないと判断された患者18人が、隔離施設を退所した(ただし、自宅でのさらなる7日間の隔離は必要)。報道によると、これらの患者は死んだウイルスを放出しており、PCR検査で検出されうるが感染性は消失している、との判断である[26]。今後このような患者にどのように対応していくかは課題といえよう。
5月19日の発表では、海外との人的交流の再開については、上記三段階とは別個に判断するとされた。感染伝播のリスクがシンガポールより低いか同等の国々から、試験的に入出国を認めるグリーン・レーン制度の可能性も模索中とのこと。
日本および諸外国で議論されている集団免疫の理論がある程度真実であるならば、シンガポールの集団免疫の率は(外国人労働者を除き)まだ低い可能性があり、今後も輸入症例からの感染拡大には注意が必要であろう。
本稿の性質上、シンガポールの政策の特徴的な点を中心に記載せざるをえず、それらが際立ってしまうために、シンガポールの政策に対してネガティブな印象を持たれた方もいるかもしれない。
しかし、実際には筆者個人としては、シンガポールは非常によく健闘しているのではないかと考えている。なるべく正確かつ客観的な記載を心掛けたが、筆者の誤解もあるかもしれない。本稿の記載のほとんどは政府のウェブサイトあるいは大手新聞社のウェブサイトで確認することができる。興味を持たれた方は、ぜひそちらで元の情報を参照していただきたい。
4月25日19時55分、第一線で働く人々、海外からの労働者への感謝を示すために、数千人の国民が窓際やベランダでシンガポールの国民的歌“Home”を歌う、というイベントが行われた[27]。筆者個人の印象ではあるが、シンガポールは、国民が団結して危機を乗り越えよう、という意識が比較的強いお国柄のように感じる。筆者自身も日本、シンガポール、そして全世界でCOVID-19と最前線で戦っている人々に大変感謝しており、拙稿が少しでも参考になれば幸いである。