宮本 俊明 | 公益社団法人 日本産業衛生学会 理事 |
COI: | なし |
COVID-19への対策は、わが国では海外からの感染者の流入を防ぐ水際対策から始まり、国内流入期、国内流行早期、国内蔓延期を経て、クラスター発生予防や医療崩壊を防いで国民の安全と健康の確保のため、政府・自治体、保健医療従事者、全国民が団結して必死の対策活動を行っている。【図表1】
図表1 |
国内の流行フェーズにおける主要な対策 |
我が国は5月25日時点では、フェーズ5(消退期)へ移行したと考えられ、緊急事態宣言が解除された。予防対策の実施、診療体制の再構築などの中長期的対策の構築が求められている。なお、今後、流行が再燃した場合は、フェーズ2(海外輸入例から拡大した場合)ないしフェーズ3(国内のクラスターから拡大した場合)に戻ることになる。 |
日本産業衛生学会・日本渡航医学会「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」(https://www.sanei.or.jp/?mode=view&cid=416) |
産業衛生学は、働く人と職場と事業者の全体を安全と健康の観点から支援する学問である。海外勤務労働者の健康確保問題に始まり、国内感染拡大に伴い事業所における従業員教育や感染防止対策および在宅勤務支援、エッセンシャルワーカー(生活を営む上で欠かせない仕事に従事している人々)の健康確保と事業継続計画、そして国内事業所の活動復活に伴い「新しい生活様式」を職場に定着させ健康の保持を図る、という各フェーズで産業医や産業保健師の果たす役割は大きい。【図表2】
日本産業衛生学会は日本渡航医学会と共同で、職業生活全般におけるCOVID-19対策として活用することができる「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」(以下職域ガイド)を作成し、両学会のホームページで公表している。内容は都度更新されている。
図表2 |
産業医や産業保健師が期待される主な役割 |
従業員が50人以上の事業所には産業医が選任されており、規模の大きい事業所では産業保健師も配置されている。感染症危機対応において事業者が適切な判断を行うためにも、職域における産業保健の専門家としての役割が期待される。 |
日本産業衛生学会・日本渡航医学会「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」(https://www.sanei.or.jp/?mode=view&cid=416) |
国内流行早期は、【図表2】の(1)から(3)について、特に「COVID-19の基礎知識」「職場の感染予防対策」などについての情報提供が求められた。人事総務部門や衛生管理者が産業医からの情報も参考にして、職場のCOVID-19対策の骨子を作った事業所も多い。マスクやアルコール消毒液などが市場から消えて、代替方法などを産業医が尋ねられることも多かった。
新しい病原体の流行にあたっては、十分な情報が不足していることもあり、リスク・コミュニケーションが難しい。流行および今後の再流行に備えて、産業医や保健師が正しい知識を得る日本語コンテンツが必要である。
国内蔓延期の当初は、【図表2】の(4)(5)について、特に「医療機関の受診ルールの説明」「職場と個人の予防対策の徹底」に関する情報提供が求められた。次いで「受診検査に至らない発熱者が出た場合の出社許可基準」、「職場に発熱者が出た場合の消毒のあり方」などについて、意見を求められた。
今回のCOVID-19流行は、診断が確定しないが否定も出来ないという事例が多く、受診すべきかどうかの判断も含めて、職場での実際の対応が難しい。今後の検査方法などの改善により、再流行の際には状況が変わる可能性がある。
国内蔓延期は、主に人事総務部門が在宅勤務や自宅待機の制度構築に動いた。実施が始まると、産業医には、【図表2】の(6)にある「在宅勤務中のストレス対策」への助言も求められた。
職場から風邪症状があると、COVID-19の陰性証明(非感染証明)を求められる事例も報告された。PCR検査が陰性でもCOVID-19を完全に否定することはできないことや、日本国内では、非感染証明等を目的としたPCR検査を一般の医療機関で受けることは困難であることから、医療機関の疲弊を防ぐためにも職域ガイドでは、職場や従業員から医療機関に陰性証明等を求めないよう記載した。
職域ガイドでは、これらの実際にあった産業医対応の好事例などもQ&Aに収録している。
職場においても対人距離(ソーシャルディスタンシング)を確保することや、食事場所、会議(衛生委員会を含む)、教育研修場所あるいは健康診断での「3つの密」を避ける方法、感染者や家族および感染リスクの高い業種の従業員等に対する差別・偏見の防止などについて、産業医が意見を求められている。
これらへの対応の1つとして、日本産業衛生学会のホームページでは、産業精神衛生研究会からの提言、遠隔産業衛生研究会からの提言、産業衛生技術部会から「新型コロナウイルス感染症対策用換気シミュレータ」などが掲載されている。これらの分野に苦手意識を感じる産業医も、参考とすることができる。
社会経済活動の再開に合わせ、職域において事業を再開する際には、業種や地域による差もあり、一律の方法はない。そのため事業者は産業医や保健師の活用をはかり、衛生委員会などを通じて、事業再開に向けて「新しい生活様式」を取り入れた中長期的な感染予防対策を検討・実施する必要がある。今後の事業所における課題を【図表3】に例示した。職域ガイドでは具体的に詳述している。
職場における「新しい生活様式」の具体化には、医学的な面からの妥当性や実行可能性の助言が重要である。また個人には、医学的な面からの必要性も含めた教育や情報の展開も重要である。
マスクを装着して身体負荷の高い作業を行うことは避けるべきであり、作業内容や負荷を評価して、対人距離が取れないのでマスク装着が不可避の場合は作業負荷を軽減する、あるいは連続作業時間を短くして休憩時に周囲に人がいないところでマスクを外して息を整えさせる、または何としても対人距離を取ってマスク装着を免除する、などは今後も産業医に助言が求められる事項である。
海外展開している企業の産業医は、社員の海外渡航の是非についての判断も求められる。また、海外渡航時に相手国によって必要な健康証明書などの発行については今後のルール化が待たれる。
押印や紙資料の文化から、産業医は率先して脱却する必要がある。
株主総会の際の感染予防対策、自宅待機などの際の事業者の法的責任、よくあるQ&Aなども、職域ガイドでは充実している。
図表3 |
事業再開における中長期的な対策の課題 |
緊急事態宣言が解除されても、新型コロナウイルス感染症の流行は終息するのではなく、再び次の流行が発生する可能性が高い。このため、「新しい生活様式」を取り入れて中長期的に対策を行う必要がある。 |
日本産業衛生学会・日本渡航医学会「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」(https://www.sanei.or.jp/?mode=view&cid=416) |