日本医師会 COVID-19有識者会議
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アメリカ中西部、インディアナ州におけるCOVID-19の現状

鈴木 健樹インディアナ大学 循環器科 准教授
COI:なし

(2020年5月17日寄稿)

注:この記事は、有識者個人の意見です。日本医師会または日本医師会COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
  • 米国インディアナ州における状況およびインディアナ大学病院の対策に関して報告させて頂いたインディアナ州におけるCOVID-19の状況及びその対応について報告する。詳細は下記の文章を読んでほしい。
  • なお、米国においてはCOVID-19感染者数は152万人を超え、死者は9万人を超えている。インディアナ州においては、約2万8千人の感染者、1607名の死者数となっている。
  • インディアナ州にて、COVID-19の最初の症例が報告されたのは3月5日と、日本、アメリカの他の地域(西海岸、東海岸)に比べると比較的遅かった。
  • インディアナ州においては、3月22日、Stay-at-home order (いわゆるロックダウン)が発令された。
  • そして、5月3日にStay-at-home orderが解除されている。しかし、現状COVID-19の新規症例数はプラトーに達したものの、減少には転じているとは言い難く、そのような状況で徐々に州、国を再び開くと言うことはこれまで経験がないことと思われ、独創的な試みと言えよう。
  • 長引くロックダウンによる人々のストレスレベル、経済状況(4月の米国の失業率が14.7%と第二次世界大戦以降最悪を考えると、これ以上長いStay-at-home orderは難しかったと考えられる。
  • COVID-19は人類対ウイルスの戦いである。対策はそれぞれの地域にて講じられている。この報告が、日本におけるCOVID-19への対策への参考になると幸いである。

はじめに

COVID-19は2019年12月に中国・武漢に端を発した新型コロナウイルスによる感染症であり、2020年5月現在、全世界においてパンデミックとなっている。世界各地で、それぞれの状況に応じて対策が講じられている。

筆者は2000年に東京大学医学部を卒業し、米国にて内科、循環器科、不整脈科の研修を修了し、2014年より米国の大学病院にて不整脈専門医として不整脈の診療、研究、および教育に携わっている。米国にて診療に携わる医師として、本稿においては、筆者の住むアメリカ中西部、インディアナ州および勤務するインディアナ大学におけるこれまでのCOVID-19への対応、今後の展望について示したい。

インディアナ州におけるCOVID-19への対応

インディアナ州においては、COVID-19の最初の症例が報告されたのは3月5日と、日本(1月20日)、アメリカの他の地域(西海岸(1月21日)、東海岸(2月1日))に比べると比較的遅かった。

3月13日に大統領がnational emergencyを宣言(非常事態宣言)。この時点では、インディアナ州におけるCOVID-19感染者数は15名であった。

3月14日に住んでいる地域(カーメル市)の公立学校(小、中、高校)が閉鎖となった。全ての授業はオンライン学習へと変更された。

3月19日、州全体の公立学校が閉鎖。最終的には5月末の学年末までの学校が閉鎖されることとなった。

3月22日、インディアナ州のStay-at-home order (いわゆるロックダウン)が発令、25日より施行となった。

Stay-at-home orderの際は、医療従事者、スーパーなどで働く、いわゆる”essential worker”以外は自宅待機する事が法律で義務づけられた

COVID-19対策として、20秒以上の手洗い、Social Distancing(他人と6フィート以上の距離を取る)、咳エチケット、除菌剤などの使用が推奨されている。マスクの着用も途中から推奨されるようになった[1]。

インディアナ州でも、毎日COVID-19の状況が公開されている[2]【図表1】。

図表1
インディアナ州におけるCOVID-19の状況(5月9日現在)
https://www.coronavirus.in.gov/

アメリカの状況、全世界の状況はインターネットを通じて取得できる[3、4]。

現時点においては、米国においてはCOVID-19感染者数は152万人を超え、死者は9万人を超えている。インディアナ州においては、約2万8千人の感染者、1607名の死者数となっている。

米国では、アフリカンアメリカン(黒人)がCOVID-19に人種比率より高くかかっていることが観察され、また、死亡率も高いことが観察されている[5]。インディアナ州でも同様の傾向であった[1]。様々な理由が考えられている。例えば、肥満率、高血圧、医療機関へのアクセスなど。今後の研究が必要であると考えられる。

日本でも問題になっているPCRの検査は、インディアナ州でも問題であった。検体数、陽性数共にウェブサイトにて提示されているが、検査の陽性率は18%あたりを推移してきた。インディアナ州においては選択的にPCR検査がなされているようで、検査実施基準にも変動はないように見られる。最近微少ではあるが、陽性率が減少してきている(15.7%)。COVID-19のテストがより広く汎用されてきていると推測される。

  • 良かった点:
    • 米国の対応の遅れを指摘される事が多いが、インディアナ州においては、COVID-19に対する対応は時宜に適っていたと考えられる。
    • マスクを着用する、という米国においてはなじみの薄い習慣もCOVID-19対策のために問題なく取り入れられた。
  • 課題:
    • 日本のようなクラスター対策が初動時には効果的にはできていなかったように見受けられた。
    • PCR検査がパンデミック当初は入手しにくかった。

インディアナ大学におけるCOVID-19への対応

3月6日に、インディアナ大学病院関連の医師に対して、学会等含む州外への旅行が禁止された。

3月10日にインディアナ大学職員の州外への出張が禁止となった。

3月16日より、循環器科では、待機的手技は全て延期となった。この後、緊急の手技(心臓カテーテル検査、ペースメーカ埋込み術など)のみ施行されることとなった。

3月17日より、通常の外来も停止された。

3月16日から29日の2週間は、不整脈科においては、全ての手技、外来が停止となり、当直対応となった。

その間、私は週1回の当直、およびtelemedicine/virtual visit(オンライン診療)で外来患者の診察を継続した。

3月30日からは、循環器科の医師を3つのグループに分け、それぞれのグループが1週間の病院勤務(当直、手技など)、次の2週間はオンライン診療を通じて患者さんを診察する形態に変更された。

通常外来も緊急の場合を除き、全ての外来がオンライン診療に変更されることとなった。直接診察する必要がある場合の外来患者は、外来担当の医師(上記のローテーションの病棟勤務の医師が担当)によって診察された。

病院としては、先行する地域(中国、イタリア、米国西海岸(ワシントン州、カリフォルニア州)、東海岸(ニューヨーク州))の状況を参考に、パンデミックへの準備を行った。

学会からも、COVID-19情報が提供され、医師もCOVID-19対策の準備を行った。例えば、アメリカ心臓病学会(American College of Cardiology)からはCOVID-19の情報サイト(ACC’s COVID-19 Hub)が提供され、大変参考となった[6]。

COVID-19対策が病院内でもなされた。待機的手技、手術の停止に伴い、COVID-19のいわゆる「オーバーシュート」へも対応できるように、COVID Unitの開設、ICU病床の確保、呼吸器の確保などが行われた。

ICUのリソース、Personal protective equipment (PPE)の確保、ワークフォースの確保等が課題であった。

毎日午後4時よりCOVID-19の現況についてWebinar(ウェブカンファレンス)で病院のCMO (Chief Medical Officer)からスタッフへ状況提供がなされた。

ICUの稼働状態、呼吸器の稼働状態、COVID-19患者の推移など毎日アップデートがなされ、チームメンバーがCOVID-19の現況についての状況を把握することができた。また、病院としてのCOVID-19に対する治療のプロトコールも作成された。

COVID-19患者においての心肺蘇生に関する院内ガイドライン(PPEを医療チームが全員着用している事を確認、及びコードに関わる人数を感染防御の観点から制限するなど)も院内で周知された

COVID-19の州別の症例数、ICU病床数、人工呼吸器数の予想はUniversity of Washington Institute for Health Metrics and Evaluationがしばしば使用された[7]。

Personal protective equipment (PPE)の不足が危惧されたものの、マスクの消毒、再利用なども行われた。

病院システム全体のCOVID-19関連の情報が一般に向けて開示されている[8]。COVID-19の患者数、検査数、医療従事者の感染数、ICU、呼吸器の稼働状態、PPEの供給具合のアップデートなどが記載されている。

5月7日にインディアナ大学メソディスト病院からのCOVID-19の退院数が300を超えた[9]。

  • 良かった点:
    • 刻々と変化するCOVID-19状況に対し、勤務形態を病院全体、科全体で流動的に変更することにより、医療従事者の暴露、感染リスクも最小限に食い止めようとする姿勢がくみ取れた。
    • 病院全体の毎日のブリーフィング(情報共有)は、COVID-19および病院の現況を把握する上で大変有益であった。院内における情報の共有はとても重要であると感じた。
    • テレメディシン(telemedicine, virtual clinic)への移行が滞りなく行われた。
    • 医療従事者のWell-beingに対する配慮が様々な点でなされた。例えば、希望する職員に対してZoomを用いたWellness Check-inが開催されたり、職員のためのホテルでの短期滞在(仕事の都合のため、自己隔離のためなど)等が提供された。
  • 問題点:
    • 全ての待機的手術を中止し、COVID-19対策へ当てねばならなかったため、通常の患者さんに対するケアに遅れが生じてしまった。
    • 患者さんの中でも、COVID-19を恐れる余り、医療機関の受診が減少し、生死に関わるような状況でも受診を躊躇する事例が起こったようである。私の勤務する病院でもST上昇型心筋梗塞の症例数がCOVID-19が流行し始めてから、通常期に比べ、減少していた。アメリカ心臓協会(American Heart Association)も、心筋梗塞や脳卒中のような命に直結するような疾患が起こった際には救急を受診するようにと情報を提供している[10]。

Re-openingへ向けて

Stay-at-home orderは5月3日にて終了した。

インディアナ州知事Eric Holcombは、日常の正常化への動きを「Back on track Indiana」という計画で示している[11]【図表2】。段階的に経済活動を再開していく予定となっている。

図表2
インディアナ州における日常の正常化への動き「Back on track Indiana」
https://www.backontrack.in.gov/

Stay-at-homeオーダーが終了したことに伴い、5月4日より待機的手技・手術が再開されることとなった。ただし、現時点(5月11日時点)においては、平時の25%までの症例数までの運用となっており、COVID-19の状況次第によっては再び待機的手技が中止される可能性は残されている。待機的手技・手術の前には、全例COVID-19のテストを施行されるようになっている。

外来診療に関しては、外来診療は再開されたものの、現在のところ、対面診療の外来患者数は制限されている。オンライン診療がある程度の時間継続されると考えられる。

現時点でインディアナ州においては、COVID-19の新規症例数はプラトーに達したものの、減少には転じているとは言い難く、そのような状況で徐々に州、国を再び開くと言うことはこれまで経験がないことと思われ、独創的な試みと言えよう。

ただ、Stay-home-orderにより、COVID-19の感染者数を抑えることには一定の成功を収めたものの、長引くロックダウンによる人々のストレスレベル、経済状況(4月の米国の失業率が14.7%と第二次世界大戦以降最悪[12])を考えると、これ以上長いStay-at-home orderは難しかったのではと考えられる。実際、ミシガン州をはじめとして、全米各地でロックダウンに反対するデモなどが行われたりしていた[13]。

日本や諸外国で行われているクラスター対策、”contact tracing”はアウトブレークの際には大変重要な手段である。COVID-19と共生せざるを得ない現在においては、ますますその重要性が増してくると考えられる。

CommunityにおけるCOVID-19の感染率を把握することは、今後の方針を決める上で重要な情報である。インディアナ州では、現時点で2.8%(1.7%PCR陽性、1.1%抗体陽性)との報告が出ている[14]。

COVID-19は人類対ウイルスの戦いである。対策はそれぞれの地域にて講じられている。本稿においては、米国インディアナ州における状況およびインディアナ大学病院の対策に関して報告させて頂いた。様々な地域の状況および対策を観察、考察する事によって、日本におけるCOVID-19への対策への参考になると幸いである。

[引用文献]
  1. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/prevent-getting-sick/prevention.html
  2. https://www.coronavirus.in.gov/
  3. ジョンズホプキンス大学によるCOVID-19症例数 https://www.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html?fbclid=IwAR2G1mZhT7rKDEKxTLOWnzS-bm1RlHolLJtDmkJXGoEvLIDHLwR-purGNp0#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6
  4. 全世界のコロナウイルスの症例数 https://www.worldometers.info/coronavirus/
  5. COVID-19 and African Americans. Clyde W. Yancy. JAMA. Published online April 15, 2020. doi:10.1001/jama.2020.6548
  6. ACC’s COVID-19 Hub https://www.acc.org/latest-in-cardiology/features/accs-coronavirus-disease-2019-covid-19-hub#sort=%40fcommonsortdate90022%20descending
  7. http://www.healthdata.org/
  8. インディアナ病院システムのCOVID-19データ https://iuhealth.org/news-hub/iu-health-covid-19-data
  9. https://twitter.com/TODAYshow/status/1258358751800823811
  10. https://www.heart.org/en/news/2020/03/30/health-emergency-dont-hesitate-to-get-help
  11. Back on track Indiana. Web site: https://www.backontrack.in.gov/
  12. https://www.cnn.com/2020/05/08/economy/april-jobs-report-2020-coronavirus/index.html
  13. https://www.cnn.com/2020/04/30/us/michigan-stay-at-home-protest/index.html
  14. Too Many States Are Flying Blind Into Reopening. Not Indiana. https://www.nytimes.com/2020/05/13/opinion/indiana-reopening-coronavirus-testing.html?fbclid=IwAR2YtdAsg2FYmjSmHmMc2Vxg_B3XZRXMh24Oi3AUu5cF9Z6p1nQegRS0plE