注:この記事は、有識者個人の意見です。日本医師会または日本医師会COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
筆者は2016年7月よりザンビア南部のジンバミッション病院で産婦人科を専門とするボランティア医師として働いている。ザンビアの地方で診療に携わる医師として、本稿においては、筆者の住むジンバ地区におけるこれまでのCOVID-19の状況と対応、乗り越えるべき課題について、国全体の動向と共に示したい。
国は空港やバー、ナイトクラブ、映画館、ジム及びカジノの営業を一時停止し、公共の集会は50人までに制限するなど様々な対策を講じたが、7月より検査陽性者が急増している。
8月1日現在、ザンビアでは6,228人の感染、165人の死者(死亡率は2.6%)である。直近の検査陽性率は25.3%と高く、見逃し症例も多く、感染がコントロールできていない。
COVID-19の流行を契機にアジア人への偏見、差別が深刻化している。
筆者の居住するジンバ地区でも7月16日に第一例となる感染者が報告された。現在検査施設の不足、重症患者に対応できる設備がないこと、医療従事者・住民の危機感の欠如、マスク使用の不徹底、マスクを買えない貧困層も多くいるなど、多くの課題を抱えている。教会などでのクラスターの発生も懸念される。
先進国と異なり資源は限られているが、国や国内外のNGOなどとも協力しながら、何とかこの危機を乗り越えたいと思う。
はじめに
COVID-19は2019年12月に中国・武漢に端を発した新型コロナウイルスによる感染症である。2020年3月12日にWHOがパンデミック宣言を行ない、現在も世界中で猛威をふるっている。世界各地で、それぞれの状況に応じて対策が講じられている。日本では近隣のアジア諸国や欧米の情報は様々なメディアを通じてすぐ手に入るが、アフリカの地方における状況についての情報の入手は、困難 であると思われる。
筆者は2009年に長崎大学医学部を卒業し(学生時代、ヒッチハイクでのアフリカ大陸縦断の経験から将来アフリカで働くことを決意)、長崎県上五島病院、国立病院機構長崎医療センターでの勤務を経て、2016年5月にザンビアで医師免許を取得し、同年7月よりザンビア南部州ジンバ地区にあるジンバミッション病院 でボランティア医師として勤務している。筆者を含め病院には医師2名、Medical Licentiateと呼ばれる準医師2名が常勤している。筆者は産婦人科を専門とし、病院において産科病棟、新生児病棟の責任者をしている。小さな病院ながら年間1500件にも及ぶ分娩を扱っている。
2020年3月以降ザンビアで活動している日本のNGOやJICAのスタッフのほとんどが帰国した中、筆者はザンビアにとどまり、仕事を続けている。ザンビアの地方で診療に携わる医師として、本稿において、筆者の住むジンバ地区におけるこれまでのCOVID-19の状況と対応、乗り越えるべき課題 について、国全体の動向と共に示したい。先進国と異なり、参考にできる文献も少ない中(公式の情報は国の保健省のウェブサイトくらいしかない)、現場での経験を踏まえて、可能な限りの現状をお伝えすることができればと思う。
ザンビアにおけるCOVID-19の現状と対応
ザンビアはアフリカ南部に位置する内陸国で、約75万平方キロメートル(日本の約2倍)の面積に1789万人の人口(日本の約1/7)を有する[1,2]。鉱業(銅、コバルト)、農業(トウモロコシ、タバコ、綿花、大豆)、観光(ビクトリアの滝、サファリ)を主な産業としている。2018年6月現在、在留邦人は252人[3]。
ザンビアの平均寿命は63.8歳[4]、三大死因はHIV/AIDS、新生児疾患、下気道感染であり[5]、日本とは医療レベルも疾病構造も大きく異なる。
ザンビアにおけるCOVID-19の状況、対応を以下に時系列で示す。
2月11日 アメリカCDCの協力で、首都のルサカで検査が可能になる[6]。 2月12日 日本政府の協力で、ルサカに別の検査施設を開設[6]。 3月18日 最初の感染者が報告 される。ザンビア国籍の夫婦。フランスに旅行し、帰国後に感染を確認。 3月20日 公立学校の閉鎖。 3月26日 全ての国際便の発着は首都のルサカ国際空港に限定。全てのバー、ナイトクラブ、映画館、ジム及びカジノを閉鎖。レストランは持ち帰り及び配達のみの営業。公共の集会は50人までに限定[7]。下記【図表1】のポスターを国全土の医療機関などに貼り、啓蒙。主要都市を結ぶ幹線道路沿いにチェックポイントを設け、全ての人はそこで車を降りて、手洗いと検温を義務付け【図表2】。
図表2 幹線道路沿いのチェックポイント 筆者撮影
4月2日 初の死者の報告。 5月8日 レストラン,映画館,ジム,カジノは営業再開。 6月1日 試験対象学年”Exam class”(教育課程修了認定試験対象である第7、9、12学年のこと)について、授業再開。 6月25日 閉鎖されていた国内の全空港を再開。 7月以降検査件数が増えていることもあるが、陽性者が急激に上昇している 。8月1日現在 6,228人の感染、165人の死者が報告されている[8,9,10]。特に地方においては検査体制が不十分であり、実際の感染者ははるかに多いのではないかと考えられる。死亡率はおよそ2.6%。全世界の死亡率3.8% [8]と比較して、少ない傾向がある 。ザンビアの感染者は若年者が多く、重症化せずに住んでいる可能性がある。COVID-19は遺伝子型によって分類がされているが[11,12]、ザンビアで流行しているウイルスが重症化しにくい型である可能性も考えられる。また単に肺炎による死亡や病院到着時死亡でCOVID-19の検査を施行できておらず、COVID-19の死者としてカウントされていないケースが多い可能性もある【図表3】。 WHOは検査がしっかり普及し、感染がある程度コントロールされていれば、検査陽性率は3-12%となると発言しているが[13]、ザンビアの直近の検査陽性率は25.3% (408/1611) [10]と高く、見逃し症例も多く、感染がコントロールできていない ことを示唆している。 救急システムが整っていないため、病院到着時死亡症例も多く含まれる[10]。
ザンビアは元々主要な産業も限られており、観光客の激減による経済への影響 も甚大なものと考えられる。筆者の住むジンバから車で1時間の距離にあるリビングストン(世界遺産ビクトリアの滝を有する観光地)にも、観光客は現在もほとんどいない。
筆者の住むジンバ地区におけるCOVID-19の現状と対応
ジンバ地区はザンビア南部に位置し、首都のルサカからは400km離れている。人口はおよそ10万人[1]。ジンバミッション病院はジンバ地区唯一の病院である。ジンバ地区ではCOVID-19の検査はできない 。人工呼吸器や集中治療室はなく、重症例には対応できない 。
病院の対応として3月末より出入口を一箇所に統一。病院入り口での手洗い、検温の実施。予定手術の延期。屋内で行なっていた集団妊婦指導を屋外で行うなどした。
7月16日 ジンバ地区で最初の感染者 が報告された。病院ではなく、近隣のヘルスセンター(診療所)から。その患者は首都のルサカに滞在中に感染し、自宅のあるジンバに戻って、発症。軽症のため2週間の自宅隔離。患者と接触のあった家族などの検査が行われたが、8月1日現在、まだ結果待ちの状態。
7月17日 徳島に拠点をおく非特定営利法人TICO[14]よりマスク、手袋、フェイスシールド、非接触体温計、パルスオキシミターなど多量の寄付を受ける。
重症患者で効果を報告されているデキサメサゾン[15]は病院で使用可能。同じく重症患者で効果を報告されているレムデシビル[16]は使用できない。
Kocebuka Community Foundation[17]というジンバに拠点をおくザンビア人のNGOが町から離れた僻地の村での啓発活動を行なっている。僻地の村ではテレビやインターネットを使えず、また学校閉鎖の影響で子どもたちが教師から情報を得ることもできないので、村人に正しい情報を伝えている。ザンビアの識字率は83%である[18]が、僻地においてはほとんどの住民が部族語のみで公用語である英語は理解できないため、部族語でポスターを作成 し、村々に配布 している。
課題
ジンバのある南部州の人口はおよそ190万人である[1]が、検査できる施設は一箇所しかなく 、そこに検体を送らないといけないので、結果が出るのに少なくとも2週間はかかってしまう。
PPE(個人用防護具)は日本のNGOの協力などもあり、現時点では足りている状況。医療者のマスク装着の意義は文献上も示されており[19,20]、マスクは全職員に配布されているにも関わらず、その使用が徹底されていない。7月16日にジンバ地区で感染者が出て、国からの命令でCOVID-19感染患者(疑いを含む)用の隔離部屋を作るように通達があり、部屋を準備したが、医療従事者の間でも正直まだ危機感を感じない のが実情【図表4】。マスク使用への抵抗、自分たちは大丈夫という根拠のない甘い考えもかなり強くあったが、7月末よりマスク使用率は改善あり。
図表4 COVID-19感染(疑い)妊婦を収容する部屋(ジンバミッション病院) 筆者撮影
ジンバ地区で感染者が出ても、多くの一般市民はそのことを知らない。保健省が逐一Facebookで感染状況を報告しているが、ネット環境のない多くの住民は、最新の情報から取り残されている 。
WHOはcommunityでのマスク装着をすすめている[21]。住民もCOVID-19の存在は知っているはずなのに、大半の人がマスクをつけていない。筆者の周りでも「中国から発祥したwhite peopleの病気(彼らの言うwhite peopleはアジア人も含む)で、自分たちは関係ない」と本気で思っている人も少なくない。あるお店の店員にマスクをしない理由を尋ねると、「コロナはザンビアにはない。自分は目に見えないものは信じない」という答えがかえってきた。またCOVID-19は政治的策略によるでっち上げだと本気で信じている人もいる。6月25日の大統領演説でLungu大統領は「ソーシャルメディアやラジオ・テレビ番組において、一部国民から新型コロナウイルスはデマであり、先進国だけの病気であるとして、なぜ全ての商店を再開して通常の暮らしに戻らないのか、 といった声が聞かれるが、現状を見誤ってはならない。新型コロナウイルスは現実のものであり、依然として死に至る病なのだ。」と述べている[22]。7月26日時点でのジンバの中心部における住民のマスク装着率は10%未満 であった。その後少しずつ増加傾向にあり。
ザンビアでは人口のおよそ6割が貧困ラインの一日1.9ドル以下で生活 しており[23]、また2018-2019年の旱魃 の影響で人口の多数を占める農民の収入が減少したこともあり[24]、マスクの重要性を認識していたとしても、マスクを購入できない人が多数いる ことも事実である。マスクを持たない国民のために、「咳やくしゃみをする時は(手ではなく)肘で覆いなさい」 という趣旨のポスター【図表5】が全国の医療機関に掲示されている[25]。
ザンビア人の8割はキリスト教を信仰しており[3]、クラスターが最もできやすいのは教会 であると考えられる。国の方針の元、筆者の近隣の教会ではマスクを着用しないと教会に入れず、また一回の礼拝で入れる人数を50人に制限している。ただ他の教会でもそれが徹底されているかどうかは分からない。 マスクのほとんどはザンビアの伝統的な布である「チテンゲ」を使用 して作られているが、その質は千差万別 である。ただ同じように人が密集しているマーケット内ではほとんどマスクをしている人はいない 。葬式 も人が密集 し、クラスターを起こしやすい 。
病院から遠くに居住している妊婦は、妊娠36週を目処に病院の近隣にあるマザーシェルター で分娩待機を行なっている。そこでは常に30-40名の妊婦とその家族が共同生活 を行なっており、一人でも感染者が出れば、瞬く間に感染が広がる可能性がある。妊婦は重症化のリスクファクターの可能性があり[26]、一層の注意が必要である。
リビングストンに医薬品の調達の為に行くと、アジア人がマスクをつけて歩いているだけで、「 Hey, China. Corona, go home」 と人種差別につながる侮辱的な発言をしてくる人たちが少なからずいる 。ザンビアには8万人の中国人が居住しており[27] (日本人は250人ほど) 、アジア人=中国人の構図となっている。日本人だけでなく、フィリピン人である妻も同様の差別的発言を受けることがある。中国人への差別、偏見 はザンビアに限らず、他のアフリカ諸国でも見られるようである[28]。アフリカに最初に入ってきたコロナウイルスはヨーロッパからなのだが、欧米人への偏見、差別はない[28]。
おわりに
先進国と異なり資源は限られているが、国や国内外のNGOなどとも協力しながら、何とかこの危機を乗り越えていきたい 。
[引用文献]
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