名郷直樹 | 医療法人社団実幸会 武蔵国分寺公園クリニック 院長 |
COI: | なし |
2020年1月、中国で重症の肺炎が流行っているという情報が流れると、外来で「日本でもそのうち来るんでしょうか」という質問が聞かれるようになった。それに対し「人から人へうつるかどうかもわからないらしいし」などと、今から思えばいい加減な返事をしていた。しかし、後付けの知識では、この時点ですでに、食肉を直接取り扱わない人からの感染が明らかだったようだ[1]。
人から人への感染はその後明確となり、日本での感染者発生もあっという間、一人目の患者報告は1月17日であった。
外来でも「コロナじゃないですよね」という質問も珍しくはなくなった。「大部分はかぜですし、若い人は大丈夫ですよ」とか、「接触者に帰国者などの疑わしい人がなければ、可能性はほとんどありませんよ」と、楽観的な返事を続けていた。
新型コロナ感染症の臨床症状は多彩で、必ずしもかぜ症状を伴わないもの、発熱がないものが多く存在することが判明した[2]。30%以上は咳がなく、発熱のないものが10%、38度未満のものが40%以上と報告されている。その反面、数時間の間に呼吸不全が進行するという面があり、単なるかぜとして対応するのが困難な疾患であることがわかってきた。
またクルーズ船のPCR陽性者のうち、診断の時点で無症状であったものが41.3%に上ることが報告され(https://www.mod.go.jp/gsdf/chosp/page/report.html)、さらに臨床上の対応や予防が困難であることが明らかになった。
上記からすると、予防上重要なことは、すべての人が新型コロナ感染症かもしれないという前提で予防対策を立てることであった。
PCR検査の感度は通常極めて高いものと考えられたが、臨床上明らかに新型コロナ肺炎でもPCR検査が陰性の例が意外に多く、陽性者は62.5%にとどまることが報告された[3]。繰り返し検査する中で初めて陽性になる患者が少なくないことがわかってきた。
PCR検査の感度の低さを考慮すると、新型コロナ感染症をPCR検査陰性の結果でもって否定することはできず、疑わしきは新型コロナと考えて対応する必要があることが判明した。
この感度の低さのため、陰性なら他疾患を探しに行けばいいという単純な対応は取れず、コロナ患者に対する感染予防策と同様な対応を取りつつ、他の疾患の検査を進めなくてはいけない困難が生じた。
クリニックで対応が必要となる軽症者に関しても、PCR検査をして陰性なら安心ということにならず、インフルエンザの迅速診断と同様な対応が必要(https://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03346_05)になることも明らかになった。
2月中旬になると渡航歴のない人の感染も出はじめ、外来でもコロナを念頭に置いた診療が避けがたい状況になった。しかしまだこのころは、診察室での感染防御についての準備は今から思えば恐ろしいほど不十分だった。発熱、咳の患者がマスクなしで受付とやり取りし、他の患者と重なる中で診察するという状態であった。
2月17日に厚生労働省から出された新型コロナ感染症のPCR検査の指針においては、インフルエンザの迅速検査を行ったあと、陰性の場合に保健所を通じて検査を依頼するという手順であった【図表1】。防護服もゴーグルもない状態で無謀な指針であったが、さすがに飛沫が飛び散るような状況は避けるべきと考え、クリニックでは疑い患者でのインフルエンザ、溶連菌の迅速診断キットの使用は禁止し、臨床診断で対応した(この後指針のほうもインフルエンザ陰性の確認の部分は削除された)。
図表1 |
2月17日時点での新型コロナ疑い患者に対する対応手順 |
翌日の2月18日の医師会からのファックスにはすでに、「重症者を救うためにも「帰国者・接触者外来」を設置した病院の機能は守らなければいけません。現時点においては国が示した「相談・受診の目安」を満たす患者についても、これまで通り、可能な限りかかりつけ医で診療くださいますようご協力お願いいたします」との文言がみられる。重症患者急増の際の医療崩壊への対応が素早くなされており、国の指針とは別に医師会も迅速に動いていた。
新型コロナ疑いの患者は、電話相談だけに限定するかどうかを検討していたが、このファックスを見て、診療しないわけにはいかないと、新型コロナ感染症疑い患者に対応する外来の設置を決めた。
患者をどこで待たせるか、診察室まで、また帰宅時にどう誘導するか、診察時の防護はどこまで行うか、搬送が必要な場合にどうするか、問題は山積みであった。試行錯誤を重ねる中で3月半ばには、以下に示すように、おおよそ対応方法が固まった。
かぜ症状や体調不良がある患者は、まず電話で相談してもらうようにホームページで周知した。
実際の診察が不要と考えられた患者については、電話のみで終了した。当初は電話のみの相談に診療報酬がなく、大きな問題であったが、4月以降診療報酬が認められることで解決した。
直接来院した場合でも、かぜ症状や体調不良のある患者には直接入室しないように、玄関で電話をしてくれるよう張り紙をした。電話を受けたうえで職員が迎えに行き、診察室まで誘導した。
マスクをしていない患者には、マスクを有料で提供し着用をお願いした。
3つある診察室のうち一つをコロナ疑い患者診察用とし、午前の9時から11時半、午後の6時から9時半を感染疑い患者の診察時間帯として、その他の患者との接触が避けられるようにした。しかし診察室までの動線は、その他の患者診療スペースと重なっており、疑い患者にはすべてマスクを着用してもらい、アルコールジェルで手洗いをしてもらったうえで、ドアや壁に触れないように、診察室まで誘導する形で対応した。
自家用車で来院した患者に対しては、車に乗ったままで診察した。
会計はすべて事後に請求することにし、当日のお金のやり取りはしないことにした。
搬送が必要な際は、患者以外が自家用車を運転できる場合は自家用車で移動した。自家用車がない場合は、感染者対応が可能な介護タクシーに依頼することにした。ただ実際には肺炎を疑い入院を考慮すべき患者の搬送の際に、介護タクシーの配車に時間がかかり、搬送が困難になる場合があった。その時は通常のタクシーに依頼し、搬送の際に窓を全開し、患者には窓側を向いてもらい搬送した。また、お金のやり取りの際の感染を避けるために、電子マネー対応のタクシー会社に依頼した。患者が電子マネーに対応できない場合は、患者、運転手ともアルコールジェルを小容器で渡しておき、それで手洗いを前後で行いながらやり取りしてもらうことでタクシーの運転手に乗車の同意を得て、搬送する場合もあった。
待合室には様々なパンフレットや本が置いてあったがすべて撤去した。
防護具は全く手に入らず、ガウンは100円ショップの雨合羽、フェイスシールドはクリアファイル、帽子はシャワーキャップを利用した。マスクはサージカルマスクを使用した。クリアファイルはモノによっては透明度が悪く、診察の際に十分な所見が取れないこともあり、改善の必要があった【図表2】。
図表2 |
訪問診療先での防護服を着用しての発熱者の診察 |
ファイスシールドの改善にあたっては、職員が透明度の高いクリアファイルを探し出したり、3Dプリンターを所有する友人に頼んで、OHPシートを固定するフォルダーを作成してくれたことで解決した。
防護具の着脱については、you-tubeで入手した動画を共有し、着脱手順を診察室の壁に張り出し、その場でも確認できるようにした。
アルコールジェルも通常のルートでは入手できず、アマゾンで通常の2倍近くの値段で、何とか確保できたが、アルコール濃度が50%台と殺菌作用が不確かなものが一部にあった。
マスクは常勤医の一人の個人的なルートで、通常の5倍以上の値段で確保できた。
市医師会からも少数ではあったが、たびたびマスクの支給があった。
常時10-20名が出勤するうちのクリニックは、職員のスペースが広いわけではないので、休憩時間や食事時に3密状態になる。
これまで職員のマスクの着用はまちまちで、大部分はマスクを着用していなかった。
手洗いについては、2年前に手洗いの重要性と実施を促すワークショップを行っていたが、十分手洗いの実施が職員全体に浸透しているというわけではなかった。
職員間の距離については、全く考慮していなかった。
換気についてもほとんど行っていなかった。
新型コロナの感染経路については、従来の飛沫、接触感染とは異なり、エアロゾル感染と呼ぶべき感染経路があり、手洗い、マスクに加え、換気、距離を取ることが重要であることが明らかになった。
以上の現状と新型コロナ感染の特殊性を考慮し、これまでにも増して手洗いの徹底を促し、クリニック内に手洗い方法についてのポスターを掲示し、1階の診察部門から2階の職員の休憩スペースを仕切るドアに、「必ず手洗い」のポスターを掲示した。
診察部門だけでなく、休憩スペースにもアルコールジェルを配置した。
アルコールジェルの入荷が困難になった際には、石鹸と水道水での手洗いを優先するようにした。
勤務中の職員については、マスクの着用を必須にした。
職員同士が話す際の距離を、なるべくとるようにした。
受付は3名横並びで対応していたが、真ん中のスペースは使わないようにした。
2mの長さのひもを壁に貼り付け、話すときの目安とした。
カンファレンスは原則2名までで行い、職員全体が集まる会議は中止した。
診察スペース、休憩スペースとも常時窓を開放し換気した。
職員が触れるキーボード、ドアノブなどの拭き掃除を、当番を決めて1日3回行うようにした。
キーボードは拭き掃除がしやすくなるように、ピニールのカバーを付けた。
服装については、通勤時と勤務時の服装を分けることとし、毎日の交換、洗濯を進めた。
私自身は通勤時も勤務時も同じ服装であったが、これを機に勤務時には着替え、毎日洗濯し、交換するようにした。
食事は狭い部屋の小さな机に向き合って、おしゃべりしながら食べるのが日常であった。
職員の中に感染者が出た場合、食事によって職員に感染が広がるリスクが極めて高い状況であった。
食事は一人ずつ、向き合って座ることなく、おしゃべりをしないで、食べることに集中して、食材を味わうことを第一にすることにした【図表3】。
休憩室には大量のお菓子類があったが、一つ一つが梱包してあるもの以外は置かないようにした。
図表3 |
休憩室に貼った食事作法のポスター |
外来患者の減少により、職員の余剰が生じ、手の空いた職員の3密状態が出現した。それに対して、月5日のコロナ特別有給休暇を全職員に付与し、十分な休養を取るとともに、3密状態を避け、職場の感染予防に役立てた。
職員の中には緊急事態宣言中に保育園が閉鎖したため、勤務が不可能になった看護師が1名いたが、残りのメンバーでカバーし、診療業務に大きな影響は出なかった。
新型コロナ感染症に関連する診療の中で最も大きなボリュームを占めたのが、感染の可能性は極めて低いが、コロナが心配で検査をしてほしいという患者に対する対応であった。インフルエンザの診療の際も、検査をするしないでたびたび患者とトラブルがあり、新型コロナでも同様な問題が生じた。
日頃の臨床において、事前確率を見積もり、検査の感度・特使度を考慮して、検査適応を判断するという当たり前の臨床行為が必ずしも浸透していない。インフルエンザの診療においては、患者が希望すれば検査をして、陽性なら、抗インフルエンザ薬を投与するというような、医者でなくてもできる診療が日々行われていることが、新型コロナの検査時に大きな問題として存在した。
テレビのワイドショーなどで、とにかく検査が不足している、検査をしてほしくてもやってもらえない、不安だ、もっと検査をするべきだ、そればかりが取り上げられ、この問題をさらに困難なものにすることが心配された。
しかし市内で感染者がまだ一人も出ていないこと(事前確率が低い)、PCR検査の偽陰性、偽陽性(感度が不十分で陰性でも感染していないという保証ができないし、事前確率があまりに低いため陽性でも偽陽性の可能性がある)の問題点を詳しく説明すると[4]、多くの患者は納得し、インフルエンザの時よりはむしろ問題が起きにくい状況であった。国分寺市で最初の感染者が確認されたのは4月9日であったが、それ以前においては、市内でまだ感染者が出ていない現状で、市内周辺でしか生活していない人の感染の危険が小さいという説明には、それなりの説得力があったと思われる。
中にはそれでも不安が解消せず、毎日のように電話で相談するという患者も少なくなかった。4月半ばまではこうした患者を検査するというルートがなく、不十分な検査のリソースをこのような患者に費やすことも問題であった。
また肺炎を疑う患者で検査をお願いする際に、保健所に電話がつながらない状況もあったが、ハイリスク患者については保健所を介さず、コロナ感染症対応病院に直接連絡するルートが開設され、かなり問題は解決された。それでも一時は病床に空きがなく、入院が必要な肺炎患者に対応できる病院を半日がかりで探すこともあった。
保健所が唯一の検査の窓口という状況で、軽症者の検査に対応するのが困難な状況であったが、4月20日に市医師会で検査センターが立ち上がり、検査の陰性を確認しないと収まらない患者にも、検査の対応ができるようになったのは大きなことだった。
医師会の検査センターへクリニックの外来から紹介した軽症者の中で陽性者は一人も出なかったが、その事実を説明に付け加えることで、患者の不安の軽減に役立った面がある。計算上の確率でなく、実際の事実を情報として提供することは、多くの軽症者の不安を軽減するのに役立ったと思われる。
さらに第2波に備えて、周辺4市合同のPCR検査センターの設立が準備され、医師会ごとでの防護服着脱訓練が行われ、複数の職員が参加することができた。検査センターが立ち上がれば、クリニックの医師を派遣する予定である。
振り返ってみればというところであるが、最初から保健所と医師会が緊密に協力し、役割分担しながら、対応していれば、保健所の皆さんの負担もかなり軽減できたかもしれない。また電話がつながらず不安になった患者に対しても十分対応できたかもしれない。スタート時点の体制は、あまりに保健所のみに依存していた。にも関わらず、感染爆発を起こすことなく対応できたのは、保健所の皆さんの頑張りよるところが大きく、それは現場の医師として痛感している。
今回のコロナに対する対応において、最も大きな役割を果たしたのは保健所の対応であったと思う。保健所は縮小される傾向にあるが、今後も同様な感染対策の必要性があることは明らかで、再度の充実が急務であると考えている。その際の医師会との共同が必須であると思う。
3密を避けるために個々の職員が孤独で味気ない昼食をとっていたところ、訪問診療に協力してもらっている似顔絵セラピストから、キッチンカーで暖かい昼めし【図表4】を提供してもらえるという話が持ち掛けられた。
キッチンカーでクリニックまで来ていただき、普段では決して食べられないような温かく、おしゃれな弁当をいただくことができた。この模様はテレビのニュースでも取り上げられた。
図表4 |
キッチンカーで提供された弁当:容器に暖かいごはんが盛り付けられるところ |
キッチンカーの応援飯で、防護具が不足し、雨合羽とシャワーキャップ、クリアファイルで対応している部分が放送されると、それを見た複数の患者や団体から、シャワーキャップとフェイスガードの申し出があった。
市中の店頭ではほとんどマスクが手に入らない中、ある患者からマスクの寄付を受けた。ご自身が使うマスクさえ足りない中、こうした寄付には大変勇気づけられるものがあった。
こうした患者からの支援は、コロナ対応の中で最もうれしいことの一つであった。