西野 誠 | 国立がん研究センター 中央病院 先端医療科 |
山本 昇 | 同上 |
岩田 敏 | 同 感染制御室 |
鈴木 達也 | 同 企画戦略局 |
武井 貞治 | 同 理事長特任補佐 |
中釜 斉 | 同 理事長 |
COI: | 未確認 |
現在、世界中で多くの感染者を出しているCOVID-19(SARS-CoV-2感染症)は、その高い感染性や死亡率のために、医療現場のみならず、経済及び社会活動全般において甚大な影響を与えている。
COVID-19の病態メカニズムや重症化におけるウィルス側の要因や個体側のリスク要因、さらには効果的な治療法が未だ解明されていない。このため、ウィルスへの暴露を避けること(”3密”の回避)以外には、効果的な予防対策が取れないのが現状である。
特に、発熱患者や体調がすぐれない患者が集まる診療機関は、ウィルス暴露の観点から感染リスクが高い環境であり、医療提供現場での”3密回避“の実現は大きな課題である。
さらに、がん等の生命のリスクを伴う重大疾患を抱える患者の受診行動や、早期発見に資する様々なスクリーニング検査(がん検診や健診・人間ドック)への参加行動にも、大きな影響を与えている。このため疾患罹患や治療効果、生存率等への実質的な影響も懸念されている。
がん患者に対する高度専門医療を提供する機関の一つとして、がん医療におけるCOVID-19感染のインパクトという観点から、現状について考察する。
がん患者のCOVID-19による死亡率のデータとしては、後述する ”Report of the WHO-China Joint Mission on Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)”が挙げられる。レポートでは、がんを併存する場合の死亡率は7.6%と報告されており、併存疾患なしの場合(1.4%)と比較して5倍程度と高い[1]。
様々な抗がん治療(化学療法、免疫療法、放射線療法)による免疫力低下の可能性と重症化のリスクについても、現時点でのエビデンスは十分とは言えないが、特に治療開始時には考慮が必要である。がん関連3学会(日本癌学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会)では、合同連携委員会のもとに新型コロナウイルス(COVID-19)対策ワーキンググループを立ち上げ、「患者さん向け」および「医療従事者向け」に情報を発信している [2]。
また、COVID-19重症例では、深部静脈血栓症(DVT)、肺血栓塞栓症、心筋梗塞、脳梗塞等の血栓症や播種性血管内凝固症候群等の凝固線溶異常がCOVID-19の予後に深く関わっていることが指摘されている[3]。日本血栓止血学会は、国際血栓止血学会の提言を踏まえ、COVID-19の重症度と血栓症の陽性所見等を踏まえ、適切なDVT予防策や抗凝固療法を講ずることを推奨している[4]。がん患者では、原疾患に関連した血栓症のリスクがあることから、COVID-19の合併を血栓症発症の重要なリスクと捉え対応する必要がある。
COVID-19感染がん患者のCOVID-19の特徴は、致死率が高く・重症化しやすいことである。
がん患者は、併存疾患のない患者よりも致死率が高いとの報告が、WHOと中国の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の合同レポートで明らかになった[1]。さらに、リスクファクターとして生活習慣病以外にがんの既往・罹患も特筆された【図表1】【図表2】。
図表1 |
全体の致死率と高齢者の致死率 |
図表2 |
リスクファクター |
中国におけるCOVID-19患者を対象にした前向き観察研究では[5]、がんの既往歴がある18例(全1,590例の1.1%)は、がんの罹患のない症例と比べ、ベースラインのCT所見の重症度が高く、COVID-19の重症化頻度が高く、重症化スピードも早い傾向があると報告された(CTで重症所見:がん患者94%、非がん患者71%、挿管のためのICU入室+死亡頻度:がん患者39%、非がん患者8%、重症化に要した日数の中央値:がん患者13日、非がん患者43日)。
また、がん患者の中でも、1ヶ月以内に化学療法や手術歴のある症例のほうが重症化しやすい(1ヶ月以内のがん治療歴あり:75%、1ヶ月以内のがん治療歴なし:43%)とのデータであった。
ニューヨークからの後ろ向き研究では[6]、COVID-19に罹患したがん患者219例で致死率は28%であった。造血器腫瘍は固形がんと比べ致死率が高く(造血器腫瘍:37%、固形がん:25%)、致死率と関連する因子は、高齢・併存疾患・ICU入院・Dダイマー高値・LDH高値・乳酸値高値であった。
日本臨床腫瘍学会[7]およびがん関連3学会合同連携委員会の新型コロナウイルス(COVID-19)対策ワーキンググループからの提言[2]にもあるように、未曾有の感染症のパンデミック下においても、予後を規定しうるがん治療は可能な限り継続する必要があり、適切ながん治療を受けることで得られる恩恵は、COVID-19のリスクを上回ると思われる。また、NCCN:National Comprehensive Cancer Network [8], ASCO:アメリカ臨床腫瘍学会[9]やESMO:欧州臨床腫瘍学会[10]からも提言が出されている。
現在、医療従事者は、新型コロナウイルスへの曝露の危険、労働環境の変化、精神的苦痛など様々な影響を受けている。
すべての医療従事者の安全確保のために、保護具(Personal Protective Equipment; PPE)などの適切な着用を含む標準予防策の徹底と、余裕のある勤務体制の構築は急務かつ最優先事項であり、がん患者への安全な医療環境提供のためにも不可欠である。
私生活においても、ソーシャルディスタンス、手洗いとうがいの励行、不要不急の外出の自粛は大切である。
欧州臨床腫瘍学会ESMOからはがん専門医療従事者として、新型コロナウイルスの潜伏期間である14日毎のシフトでチームに分けて交代する勤務体制などが推奨されている [10]。
COVID-19流行下においては、保護具などの安全対策のみならず、医療資源の欠乏なども起こり得るため、否が応でも軌道修正を求められる。全身状態が安定しているがん患者においては、受診回数を減らすための工夫(レジメンスケジュールの微調整:毎週投与を2週もしくは3週毎の投与など)も考慮されうる [10]。
COVID-19流行下においても、通常のがんの診断及び治療に関するガイドラインを遵守することが大前提である。患者にはCOVID-19の症状を再教育・周知し、適切な手指衛生、うがい励行、人混みや感染者への曝露を最小限に抑える、ソーシャルディスタンスと外出自粛を推奨する。
患者と医師はマスクを装着し、感染防御を徹底する。発熱やその他の感染症の症状がある場合、通常診療と同様に、包括的な評価を行う。ASCO [9]や ESMO [11]、NICE:英国国立医療技術評価機構 [12]などにがん腫別のガイダンスもあり、各論はそちらに譲る。
がん患者は、治療介入によっても、免疫状態の影響を受けることが知られているため、新型コロナウイルス感染のリスクと、COVID-19による死亡のリスクの双方が高いことが言われている。
特に、骨髄が照射野に入る放射線治療の場合や、より抗腫瘍効果を増強させる目的で照射野は狭くても集学的に放射線治療と全身化学療法を併用する場合は、その骨髄抑制・易感染性の程度には注意を要する。
乳がんの術後放射線治療とCOVID-19の関連についてはメディアでも取り上げられたが、日本放射線治療学会JASTROでは、早期乳がんの術後放射線治療において、COVID-19への易感染よりも再発リスクを減らす抗腫瘍効果が臨床的な重要度が高いとしている[13]。
一方で、局所進行がんや進行がんのように、比較的骨髄抑制が出現しても、抗腫瘍効果を期待しなくてはならない場合、抗腫瘍効果と免疫抑制によるCOVID-19への易感染性との、リスクベネフィットを勘案して診療計画を考える必要がある。
がん腫、がんの進行度、症候性、治療目的、再発リスク、代替治療が存在するかどうか、などの因子を勘案し、症例毎に放射線治療のみにとどまらず、あらゆる治療の適応を吟味する必要がある。
このほか、頭頸部がん、食道がん、肺、子宮頸がんなどの根治的な放射線治療では、逆に延期は推奨されない。代替療法が可能な局面では、放射線治療の回避あるいは照射回数削減も考慮されるが、脊髄圧迫や上大静脈症候群、気道閉塞などのオンコロジックエマージェンシーに対する躊躇は禁物である。
寛解状態にある患者では、リスクベネフィットを考え、状況に応じ、維持療法の中断も検討する[7] [11] [12] [14]。一方で、再発リスクが低い(どの程度をもってリスクが低いと判断するかは議論の余地があるが、)術後化学療法の場合は、治療の是非、延期、骨髄抑制の少ない治療、内服薬への変更可否を検討する。
免疫チェックポイント阻害剤についても、免疫関連有害事象(IrAE)、特に間質性肺炎の重篤化なども懸念の上、治療適応を慎重に判断する。また、抗がん剤による発熱性好中球減少症(FN)や薬剤性肺炎と、COVID-19による好中球減少や肺炎の鑑別は難しい場合もあり、できるかぎりCOVID-19の検査をすること、好中球減少のある患者ではFNの低リスクのレジメンにおいてもG-CSF製剤・抗菌薬投与などの検討も必要である。
COVID-19流行下では、緊急性のない受診を延期するなど患者の来院回数を減らし、医療資源を節約すること、より緊急性のある受診にあてることを目的に、定期的なフォローの間隔を半年毎などに延期することを念頭に置くことが求められる。
がんサバイバーに対する外来受診の間隔をあける代わりに、簡単な電話連絡にて健康状態や維持療法中の薬剤の不足などがないかを確認し、必要があれば、電話診療・処方箋のフローを用いる[9]。
現在、我々はCOVID-19(SARS-CoV-2感染)という新興感染症がもたらす未曾有かつ甚大な影響に晒されている。
現時点(2020年6月)において、COVID-19の治療及び予防に関する根源的な解決法は見出されておらず、効果的な治療薬やワクチン開発までにはもう少し時間を要する。
このような状況下において、がん医療提供のあり方に関するグローバルな視点での議論や、がん対策への提言が求められる。そのためにも、質の高い科学的なエビデンスを確実に蓄積し、COVID-19の第二波、第三波への対策にとどまらず、新たな新興感染症や災害時のがん医療提供に対する備えとして盤石な国家的基盤を整備しておく必要がある。