日本医師会 COVID-19有識者会議
予防・疫学
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疫学的なアプローチ

尾島 俊之浜松医科大学 健康社会医学講座 教授
金子 聰長崎大学 熱帯医学研究所 教授
COI:なし
注:この記事は、有識者個人の意見です。日本医師会または日本医師会COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
  • 疫学的アプローチが必要な研究課題として、記述疫学(感染の発生状況の把握)、分析疫学(感染や重症化の要因、自然史、診断)、介入研究(治療薬、ワクチンの効果や安全性)などがある。
  • COVID-19対応において、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)が実践されており、今後も是非継続する必要がある。
  • サーベイランスや、死亡、診療データの速報集計等により、現在の状況把握に加えて、確定診断例以外を含めた複数の動向把握が必要である。
  • COVID-19の状況認識や対応の判断に指標を用いる場合には、その目的を明確にし、良い指標の条件に照らして指標を選定する必要がある。
  • 検査、体温測定や質問票、行動履歴などによりCOVID-19感染を把握しようとする場合には、感度、特異度、陽性反応適中度等を検討する必要がある。有病率によって、陽性反応適中度や、適切な判定基準が異なる。
  • 接触機会や社会活動と、COVID-19以外も含めた総死亡リスクは、U字形である可能性があり、その鍋底の部分はどの程度かを解明する必要がある。
  • COVID-19は、交通事故にも似ており、習慣化、規制、設備の発明、まちづくりなどにより、リスクを下げることが可能であろう。
  • 研究例として、COVID-19陽性者の各地域への流入リスクの推計を紹介する。
  • 日本疫学会は、特設サイトの開設や提案・要望書の発出等を行っている。
  • 疫学者は種々の専門性を持っており、疫学者と種々の関係者の連携が期待される。

疫学がCOVID-19対策に貢献できること

疫学とは

疫学とは、「明確に規定された人間集団の中で出現する健康関連のいろいろな事象の頻度と分布およびそれらに影響を与える要因を明らかにして、健康関連の諸問題に対する有効な対策樹立に役立てるための科学」と定義される[1]。簡単には、健康について数字を用いて検討する学問と言えよう。

疫学は、1850年代にイギリスのロンドンにおいてコレラが流行した時のジョン・スノウによる調査が起源と言われており、「疫学調査」という言葉は、感染症に関する調査というニュアンスもある。

COVID-19では、「積極的疫学調査」という言葉で初めて耳にした方も多いであろう。積極的疫学調査は、感染者等に対して詳しい調査を行い、後述の記述疫学の形で集計が行われる。

疫学的アプローチが必要な研究課題

COVID-19対策を進める上で、疫学的アプローチによる研究は必須であり、多くの課題について研究が進められている。疫学研究は、記述疫学、分析疫学、介入研究という大まかなデザインに分類できる。それぞれ一般論としての研究課題[2]と、COVID-19における必要な研究課題[3]について私見も加えて【表1】にまとめた。

記述疫学としては、都道府県毎、国毎の感染者数、死亡者数は毎日報道されており、COVID-19対策の最も基礎となるデータである。人の属性としては、一般的に、年齢別、性別の状況が重要である。

分析疫学により、要因、自然史、診断に関して、既に種々の知見が得られ、COVID-19対応に活用されている。なお、種々の国により感染の蔓延状況や対応方策が異なるため、欧米や中国等での結果をそのまま日本国内で適用できない課題も多い。そのため、海外の知見が得られている課題についても、国内での研究の推進が必要である。

介入研究として、治療薬やワクチンの効果や安全性に関する研究は精力的に進められており、その成果が期待される。

表1 
疫学研究のデザインとCOVID-19における主な研究課題

疫学からみた考え方と展望

状況把握の考え方と展望

エビデンスに基づく政策立案(EBPM)

今回のCOVID-19の流行においては、保健所・医療機関・クラスター対策班等の努力により多くのデータが収集、分析され、それに基づく対応策の判断が行われた点は非常に評価できる。近年、重要性が認識されるようになっているエビデンスに基づく政策立案(Evidence-based Policy Making、EBPM)が実践されたいうことができる。

未経験の事象への対応判断においては、これまでの経験だけでは的確な判断を行うことは困難であり、最新の科学的知見が重要である。この、EBPMの基本路線は、今後も是非継続する必要があろう。

一方で、課題としては、データ収集における標準化やIT化の遅れが挙げられる。また、分析においても、流行の把握や予測に関する特定のものが中心であった点が挙げられる。今後は、前述の種々の研究課題や、またその他の健康課題への影響や経済的な視点も踏まえた多様な分析に活用される体制が整えられることが期待される。

診断確定例以外を含めた動向の把握

一般的に、データには何らかのバイアスや誤差があることから、複数のデータ収集方法を併用して、それらの整合性や異なる点を検討しながら用いることでより的確な判断をすることができる。

COVID-19の動向について、これまでPCR検査等により診断が確定された感染者数に関する検討がほとんどであった。診断が確定された数というのは、診断については正確であるものの、時期や地域によってはPCR検査体制がひっ迫して検査が受けられなかった人もいるため、感染者数などについて過小評価となり、地域比較や時間比較において必ずしも実態を反映していない可能性がある。そこで、最近は無作為抽出による抗体検査等も行われており、実態把握の有力な方法のひとつである。

加えて、2017年に最終改訂された新型インフルエンザ等対策政府行動計画では、感染が拡大した時期には、PCR検査等による全数把握から、感染症サーベイランスによる動向把握に軸足を移す考え方となっている。今回のCOVID-19では、サーベイランスの活用は行われていないが、原因が特定されないものも含めた肺炎の患者数や発熱患者数の動向などに関するサーベイランス体制を構築し、診断が確定された感染者数の動向とともに注視していく体制が必要であると考えられる。

さらに、過剰死亡の検討なども始まっているが、全死因の死亡者数や、肺炎による死亡者数等について、人口動態統計による死亡データの暫定的な速報集計を行う仕組みなども重要である。さらに、受診動向の変化による正確性の限界はあるものの、診療報酬明細書(レセプト)データの速報集計の活用も検討の余地があろう。

疫学指標の性質と活用

COVID-19の状況認識や対応の判断において、種々の指標が用いられている。指標を設定する時には、まずその目的を明確にして、関係者間で目的についての認識を共有することが重要である。

良い指標の条件

指標を設定するときには、良い指標を選定する必要がある。COVID-19対策に用いる指標を念頭におきながら、良い指標の条件を列記する。

  • 目的に照らして真に把握したい内容が正しく反映されること
  • 偶然による変動が少ないこと
  • 時間的な比較が可能なこと
  • 地域間の比較が可能なこと
  • 重要な変化を敏感に把握できること
  • 適切な努力により改善する性質であること
  • 把握や算定が簡便であること
  • わかりやすいこと

なお、一般的に、全ての条件を満たす指標は存在しないことが多いため、相対的に良好ないくつかの指標を組み合わせて活用することが多い。また、候補となり得る指標は多数あることが多いが、多数の指標を提示すると理解が困難となるため、少数の基本指標(Key Indicator)と、いくつかの参考指標などの構成にする場合も多い。

指標の種類

指標には件数等の総量統計と、比率や割合等の性質の指標とがある。

総量統計は、例えば、1日の感染者数や死亡者数などである。算定が簡便であり、時間的な比較が可能で、それによる問題の大きさ等の検討ができるが、人口規模等の異なる地域間の比較はできない。一般的に、指標として、性質の指標が用いられることが多いが、時間的な比較や簡便性を重視する場合には、現状のように、感染者数という総量統計を優先して用いることは妥当であると考えられる。

性質の指標は、例えば、PCR検査陽性率や、病床利用率、人口10万人当たりの感染者数などである。地域間の比較が可能であるが、特に分母をどのように設定するかによって、その指標の意義が大きく異なる。ややもすると、分子の算定方法や正確性に目が行きがちであるが、分母の検討がそれと同等に重要である。どのような目的で、何と何を比較したいかによって適切な指標の定義が異なってくる。

地域間比較を行う場合には、まずは分母に人口を用いると良い。都道府県比較だけではなく、諸外国との比較も行いやすい。なお、死亡についての検討を行う場合には、COVID-19は高齢者において死亡リスクが高いため、高齢者が多い地域では人口10万人当たりの死亡率等が高くなりやすい。そこで、地域の人口構成の違いを考慮した、年齢調整死亡率や標準化死亡比(SMR)等の算定が必要な場合もあろう。

PCR検査陽性率は、分子はCOVID-19の蔓延状況を示し、分母は検査体制の状況によって大きく左右される複合指標である。それらのバランスをみるためには一定の有用性があるが、それを改善するための対策を検討するうえでは、分子と分母のそれぞれについて人口10万人当たりでみた指標の方が有用な場合もあろう。また、複数回検査した人について、分子や分母に含めるか、民間の検査機関で検査した結果についても、地方衛生研究所等での検査と同様のタイミングで集計が可能かなどについて、データ収集がやや複雑な指標であり、都道府県によって、また時期によって扱いが異なる場合に単純な比較ができない可能性がある。

病床利用率は、医療の需要と供給のバランスをみる上では重要な指標となる。一方で、分子の入院患者数について、軽症者に宿泊療養施設等を積極的に活用するか、自宅療養を推奨または許可するかなどの方針によって大きく変動する。また、分母の病床数について、一部の医療機関の方針によって短期間に大きく変動する。そこで、これも分子と分母のそれぞれを人口10万人当たりでみるのも有用であろう。

このような指標の性質を理解したうえで、COVID-19対策に効果的に使用されることが期待される。

基準値の設定

COVID-19に関する指標について、緊急事態宣言、営業や旅行の自粛、アラート等の発動や解除を始めとして、何らかの判断を行うための基準値の設定が検討される場合も多い。

一般的に、地域指標の基準値は、①時間的推移から決める、②多数の地域の指標値の分布から決める、③理想的な状態や科学的な知見等から決めるなどの方法がある。

健康日本21を始めとした保健医療関係等の計画における目標値の多くは、これらのいずれかの考え方で決められている。

COVID-19は、将来の状況の予想がつきにくいため、将来の判断のための基準値をあらかじめ決めておくことが困難な場合も多い。その際には、判断が求められる時に、直近の指標の推移をみながら決めることになる。その場合も、過去のある状況での指標値との比較や、地域間の比較等により判断を行うことになろう。そのような比較が可能な指標を設定することが重要となる。

有病率、罹患率、累積罹患率の区別

疫学指標は、一般的に、有病率(ある一時点での該当者の割合、prevalence rate)、罹患率(単位時間当たりの新たな罹患のスピード、incidence rate)、累積罹患率(一定期間に罹患した人の割合、cumulative incidence rate)がある。

有病率としては、人口10万人当たりの現在感染している人の割合や、人口10万人当たりの入院治療が必要な重症度の感染者数の割合などである。抗体保有割合も、有病率である。今後、感染性があって市中にいる人の割合などを継続的に推計することができると、対策を検討する上で有用であろう。

罹患率は、人口10万人当たりの1日当たりまたは1週間当たりの新規感染者数や、死亡者数などである。現在、COVID-19対策の最も根幹となっている指標である。なお、有病期間や蔓延状況が一定の場合、有病率=罹患率×有病期間 という式が成り立ち、罹患率と有病率は比例する。罹患率の増加や減少は、有病率の増加や減少をみている側面もある。

累積罹患率は、人口10万人当たりのこれまでの感染者数の合計などである。COVID-19では、1日当たりの新規感染者数や死亡者数とともに、累積の感染者数や死亡者数も毎日報道されている。また、感染者が全て把握でき、感染者の全員に抗体ができると仮定した場合、抗体保有割合と累積罹患率は一致するはずである。実際には、それらに乖離がみられ、抗体保有割合を調べることによって感染者のうちのどのくらい把握でき、どのくらい把握できていないのかを推計する手がかりとなる。

致死率と死亡率の区別

致死率は、罹患した人のうち、何割が死亡するかを表す指標で、疾病の重篤度を示すことになる。計算方法は2種類あり、ひとつは、1週間当たりの死亡者数を、1週間当たりの罹患者数で割るなどの方法である。

ただし、COVID-19では、この1週間に死亡した人は、1~3週間前に感染した人であるため、分子と分母で時間的なずれがあり、感染者の増加局面では過小評価になる。

もうひとつの計算方法は、罹患した患者を追跡し、その全員について死亡したか治癒したかを見届けて、罹患した人のうちの何割が死亡したかを求める方法である。前述の時間的なずれによる過小評価を避けられるが、算定に時間がかかり繁雑である。致死率を英語でfatality rateというが、後者の計算による致死率をcase-fatality rateとも言う。

致死率の算定において、分子の死亡者数は一般的に概ね正確にわかることが多いが、分母の罹患者数は正確にわからないことが多い。これまで知られていなかった新しい疾病の場合、症状が軽かったり他の疾病と似た症状だったりした場合に正しく診断されないことが多いからである。また、COVID-19では、感染しても無症状の人もいて、その場合、受診しない場合が多いと考えられる。そこで、分母の罹患者数が過小評価になり、分子の死亡者数は比較的正しく把握できると、その割り算で求めた致死率はかなり過大評価になる

新しい疾病の発見から時間が経って、その疾病についての認識が広がり、また、検査方法や検査態勢なども確立してくると、分母が比較的正確に把握できるようになり、致死率も下がってきて、真の値に近い数値が把握できるようになる。致死率を国際比較する場合には、分母の感染者数をどの程度正確に把握できる体制になっているかも考慮しながら判断する必要がある。また、国によっては、分子の死亡者数についても、十分に把握できない場合もある。

また、COVID-19の致死率を国際比較する場合には、高齢者において死亡リスクが高いことから、人口の年齢構成の違いを考慮して判断する必要がある。年齢階級別に致死率を比較したり、年齢調整を行ったりして比較をする必要がある。

最近は、マスコミ報道で正しく区別されることが多くなったが、致死率と死亡率が混同されることも多い。死亡率は、人口10万人当たり単位時間当たりの死亡者数であり、疾病の蔓延状況の指標の一つである。疾病の重篤度を示す致死率とは異なるので、きちんと使い分けたい。

検査やスクリーニングについての考え方と展望

検査、体温測定や質問票、行動履歴などにより、COVID-19感染を把握しようとする場合、その正確性の評価が重要となる。そのような場合に、検査の精度の指標として、感度(病気がある人のうち、検査で陽性と判定できる割合)と、特異度(病気がない人のうち、検査で陰性と判定できる割合)で評価を行う。また、陽性反応適中度(検査で陽性となった人のうち、病気のある人の割合)、陰性反応適中度(検査で陰性となった人のうち、病気でない人の割合)も重要である。陽性反応適中度は、有病率が低いと、とても低くなるという性質がある。

COVID-19の検査としては、PCR検査(鼻腔ぬぐい液)、PCR検査(唾液)、抗原検査、抗体検査などさまざまある。検査の精度を評価する時には、真に知りたい病気の有り無しとは何のことなのかによって異なる。身体のどこかにウイルスがいるかを知りたいか、他人への感染性があるかを知りたいのか、これまでに感染したことがあるかを知りたいのかなどである。

体温測定や症状によるスクリーニング(病気かどうかを暫定的にふるい分けること)については、イベントへの参加や、災害時の避難所の利用においてのニーズが高まっている。

海外における大規模データで、症状によりCOVID-19感染をどのくらい正確に判定することができるかの研究も行われている[4]。発熱やその他の一定の症状がある人のうち、COVID-19感染者である確率は、COVID-19や季節変動による他の疾患の蔓延状況や年齢等によって異なるため、簡便性を重視しつつ、それらを考慮した項目の選択や判定基準を検討した研究が必要である。

感染者が余り多くない状況や、類似の症状がでるCOVID-19以外の疾患の患者が多数いる状況(有病率が低い状況)では、発熱やその他の症状のある人の中で、本当にCOVID-19に感染している人の割合(陽性反応適中度)はかなり低いことが考えられる。

一方で、COVID-19は、症状が無い人のうちで、感染している人が含まれる可能性もある。また、濃厚接触の可能性を知らせるアプリも開発されている。スクリーニングを使用する時には、それにより陽性となる人がどのくらいの人数が発生するかを予測して、そのフォローアップ体制を整えることも重要である。症状等による判定の正確性や限界を定量的に知った上で、対策を進める必要がある。

対策の考え方と展望

COVID-19対策として、外出自粛などの接触機会の削減を徹底すると新規感染者数は減少し、一方で、それらを緩和すると新規感染者数が増加する。

一方で、外出自粛等を長期間徹底すると経済が停滞し、失業や貧困が増加するおそれがある。疫学の一分野である、社会疫学の研究により、教育、職業、収入等の健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health, SDH)によって、健康状態が大きく左右されることが明らかになっている[5]。

また、社会参加が少ない高齢者は死亡や要介護等のリスクが高いことも明らかになっている[6]。COVID-19の流行により、高齢者がその感染を恐れて、介護予防に大きな役割を果たしていた通いの場への参加や社会活動を控えている傾向があり、それにより、体力が低下し、フレイル等が増加しているのではないかという懸念がある。

そこで、接触機会や社会活動と、死亡リスクの間には模式図【図1】のようなU字形の関係があるのではないかと想定している。このような関係は肥満度(Body Mass Index, BMI)と死亡リスクの間でも観察され、肥満度が非常に高い人も非常に低い人も死亡リスクが高いことが知られている。

もしCOVID-19流行下での、接触機会や社会活動と死亡リスクの間にこのような関連があるようであれば、総合的に考えた時に、死亡リスクを相対的に抑えられるU字型の鍋底の部分は、どの程度の接触機会や社会活動なのか解明が期待される。また、種々の対策の費用や経済損失と、健康影響の両方を検討した、費用効果分析などの手法も活用していく必要があろう。

図1
接触機会や社会活動と死亡リスクの想定される関係の模式図

COVID-19は自動車と交通事故の関係に似たところがある。自動車が急速に普及した頃には、多数の交通事故やそれによる死亡者が発生し、交通戦争と呼ばれた。一方で、仮に自動車の使用を大幅に制限すると、経済が停滞し、国民生活に支障をもたらし、また通院や病院搬送などにも支障をきたして健康影響が懸念される。私たちは、交通安全のための習慣や規制、シートベルトなどの車の安全装置、歩道の整備などによる安全なまちづくりによって、自動車の使用を制限せずに、交通事故を大幅に減らしてきた

そこで、COVID-19についても、社会活動を行いながら、COVID-19による死亡リスクを下げる手段がいろいろとあるだろう。現在、手洗いや消毒、マスクの着用などは既に進められている。また、将来のCOVID-19以外の次なるパンデミックも見据えながら、設備やまちづくり、体制づくりなどによって、さらにリスクを下げることが可能であろう。長期間、無理なく実施し続けることができるような、社会活動と両立する感染予防策のポイントについて科学的に解明され、新しい機器や工夫が発明され、それが普及することが期待される。

疫学者の専門性

疫学は、ある意味で、読み書きそろばんのような社会の基盤となる方法論であるため、必ずしも疫学者が担当しなくても良い研究も多い。

前述の研究課題のうち、記述疫学は、行政機関の業務として情報収集、分析が行われている部分が大きい。介入研究は、COVID-19の診療を担当している臨床家や、実験室での研究を行っている基礎医学者が主導している研究が多い。

また、疫学者の中でも、感染症の疫学を専門とする疫学者の人数は非常に少ない状況がある。これは、患者数や社会における注目度によって、研究費の配分、ポストの数、研究実施のしやすさなどが左右されることから、がんや、循環器疾患を専門とする疫学者が多いという状況があるからである。

一方で、疫学者に概ね共通する専門性があり、それらについてまとめてみたい。人類の英知を結集してCOVID-19に対応する上では、種々の疫学的アプローチによる研究チームに疫学者が関与することが重要であると考えられる。

研究課題の明確化とそれに適合した研究計画の策定

健康課題について数字を用いて検討する際に、とりあえずデータを沢山集めて、それから考えようという手順で行われることが多い。

機を逸すると収集できなくなるデータについて、現場に過度な負担をかけずにとりあえずデータを収集しておくことは必要なことである。一方で、分析の段階になったときに、データ収集した対象者の選定方法の問題や、あるデータ項目が収集項目に入っていなかったために、解決すべき研究課題の核心に迫れないということがしばしばある。

検査や質問の項目も、明らかにしたいことが何であるかによって、別の項目の方が適する場合もある。

例えば、他の人への感染性の有無を知りたい場合には、鼻腔拭い液によるPCR検査が最適とは限らない。

関係者との対話の中で、必要とされている研究課題、言い換えるとリサーチクエスチョンを明確化し、それに適合した研究デザインや具体的な研究計画を策定することは、疫学者が専門とする技能である。

バイアスなどの正確さの管理

疫学的アプローチによる研究の正確さの確保のためには、選択バイアス、情報バイアス、交絡、サンプルサイズによる偶然誤差の4つが重要である。

この中で、研究を始める時には、対象者を適切に選択することによる選択バイアスの管理、情報を適切に収集することによる情報バイアスの管理が特に重要である。いずれも、より正確なデータ収集を目指すことが王道である。一方で、現実社会においては、全てのデータについて完全に正確に把握することは困難なことが多い。

疫学者の専門性は、比較したいもの同士で正確さの度合いをそろえるノウハウにある。

ある指標について、都道府県間の比較や、時期による比較をする場合、ある地域や、ある時期ではかなり正確に把握でき、別の地域、時期はそうではない場合に、どちらの地域の状況が良いのか、時間的に好転しているのか悪化しているのか真実を見誤ることがある。

また、重症化の要因を明らかにする時に、結果的に重症になって死亡した人と、治癒して退院できた人の比較などにおいても、データの正確性をそろえたり、後述の交絡因子を考慮したりということが重要になる。

第三の因子の絡み

疫学的アプローチでは、何の群と何の群で、何を比較するかが重要である。ある要因(exposure)をもつ人と持たない人で、死亡か治癒かなどの帰結(outcome)を比較するなどである。その際に、第三の因子が絡むことが多い。

第三の因子としては、交絡因子(要因と帰結の両方の共通の原因となる因子など)、中間因子(要因によって起こり、結果の原因になるような因子)、交互作用(要因と結果の関係に影響を与えるような因子)などの種類がある。医学的なメカニズムを考慮すると、そのいずれのパターンである可能性が高いかを考慮しながら、それぞれにあった統計手法を選択できる点も重要な専門性のひとつである。

新型コロナウイルス感染症の各地域への流入リスクの検討

今回の新型コロナウイルス感染症の状況を鑑みると、有効なワクチンや治療薬の出現を待つまでの間の有効な対策は、感染拡大の予防と陽性者に対する対応となる。特に、感染が地域内で循環していない場合、基本的に外部からの感染者の移動による持ち込み以外、感染が流入する事はない。地方の自治体や地域にとっては、どのくらい陽性者が流入しているかを把握し、その対応の準備やリスクへの対応を行う事は疫学的にも重要事項である。

今回、人流データと都道府県の新型コロナウイルス発生状況を考慮した「新型コロナウイルス感染症の各地域への流入リスク」を計算する仕組みを長崎大学熱帯医学研究所、東京大学空間情報科学研究センター、LocationMind社と協同で構築したので、少し紹介したい。

現在、各都道府県から新型コロナウイルス感染症の陽性者に関する情報が患者属性(年齢区分(何歳代、性別、居住地(市区町村まで)、公表日)が公表されている。自治体によっては、さらに濃厚接触者であったかや退院日、発症日の情報を公開している所もある。都道府県により、それぞれのウェブサイトに日々、情報が公開をしている。しかし、ウェブ公開の様式は、自治体毎に異なることから、これらのデータを集めるためにweb scrapingという技術で、自動でデータを収集する仕組みを構築した。それらの情報を用い、人口あたりの新型コロナ感染症発生割合を計算している。

一方、人の移動データは、LocationMind社が提供するLocationMind xPopというデータセットを用いた。基本的にどの市区町村からどの市区町村に、何月何日にどのくらいの移動量(ほぼ、移動人数として利用することが可能)であったかが把握できる。

新型コロナウイルス感染症の新規発生の日々のデータと、人の移動に日々のデータにより、ある地域にどのくらい陽性者が流入しているかの推計を行う。

なお、LocationMind xPopのデータは、NTTドコモが提供するアプリケーションサービス「ドコモ地図ナビ」のオートGPS機能利用者より、許諾を得た上で送信される携帯電話の位置情報を、NTTドコモが総体的かつ統計的に加工を行ったデータを使用している。位置情報は最短5分ごとに測位されるGPSデータ(緯度経度情報)であり、個人を特定する情報は含まれない。

概念図を【図2】に示す。

図2
流入リスク指標の概念
(LocationMind社掲載許諾済み)

この図では、他地域が一つの円で示されているが、都道府県毎に計算するとこの円が47の円となる。47の地域からある地域、例えば、長崎大学のある長崎県にどのくらいの陽性者が流入しているかを計算する。毎日、46の都道府県から、長崎県に流入している事から、46の都道府県の新型コロナウイルス感染症の人口割合と移動量からそれぞれの都道府県からのこの感染症の陽性者流入数を計算し、46の流入数の総和が長崎県にその日に流入する陽性者数の予測(リスク)となる。

実際の計算結果は、内閣官房のウェブサイトに公開されているので、参照いただきたい。

例えば、長崎県の例を【図3】に示す。青の棒グラフが実際の陽性者発生数(左縦軸)、流入リスクの計算が赤の実線である(右縦軸)。流入リスクの1は、一日あたり1人の陽性者が流入していることを示している。今回の計算は、全国の陽性者発表日を用いた計算をしているが、陽性者発表日は、感染の潜伏期や検査・発表まで遅れなどを考慮すると14日ほど遅れるため、実際の陽性者流入のリスクは、赤の実線が14日ほど前倒しになっていると考えられる。

図3
日別陽性者数と流入リスクの推計結果(長崎県)
LocationMind xPop © LocationMind Inc.
(LocationMind社掲載許諾済み)

現在、14日前倒したモデルを組み込んだ流入リスクの予想とさらに、都道府県レベルから、2次医療圏レベルに落とし込んだ陽性者流入リスクを日々計算する仕組みを構築している。

このような流入リスクの速報を毎日更新し、日々の流入リスクを考慮し、事前の対処準備から人の移動の解除もしくは制限などの検討が出来るようになると考えている。

特に、感染者が多く発生していない自治体にとっては、流入のリスクが一番気がかりと思われる。天気予報の様に、日々の流入リスクを把握できる仕組みを構築したいと思っている。

日本疫学会のCOVID-19への対応

日本疫学会では、2020年3月2日に、「新型コロナウイルス関連情報特設サイト」を開設し、用語解説、研究紹介、有用なリンク、Q&A等の記事を掲載して、社会への発信を進めている。また、「新型コロナウイルス感染症対策における積極的疫学調査にかかる提案」、4学会連名による「感染症対策のためのデータ収集システムの構築と利活用に関する要望書」の発出などを行っている。

また、疫学専門家認定制度を発足させ、疫学研究のコンサルテーションなどにも対応できる上級疫学専門家と、疫学研究を分担して実施できる疫学専門家の認定を行い、学会ホームページに掲載している(https://jeaweb.jp/senmonka/)。疫学的なアプローチを用いた研究を実施する上で、コンサルテーションや分析の手伝いが必要なことがあれば、是非、疫学者と種々の関係者とが連携しながらCOVID-19に対応して行ければと思う。

[引用文献]
  1. 日本疫学会:疫学.日本疫学会ホームページ.https://jeaweb.jp/glossary/glossary001.html
  2. Fletcher RH & Fletcher SW. Clinical Epidemiology: The Essentials 4th ed. Lippincott Williams & Wilkins, 2005.
  3. Lipsitch M, et al. Defining the Epidemiology of Covid-19 — Studies Needed. N Engl J Med. 2020 Mar 26; 382(13):1194-1196.
  4. Menni C, et al. Real-time tracking of self-reported symptoms to predict potential COVID-19. Nat Med. 2020 May 11. (doi: 10.1038/s41591-020-0916-2. Online ahead of print)
  5. 厚生労働省厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会次期国民健康づくり運動プラン策定専門委員会.健康日本21(第2次)の推進に関する参考資料.厚生労働省ホームページ,2012,p10.https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/dl/kenkounippon21_02.pdf
  6. 木村 美也子, 尾島 俊之, 近藤 克則.新型コロナウイルス感染症流行下での高齢者の生活への示唆: JAGES研究の知見から.日本健康開発雑誌, 2020; 41: 3-13.