森澤 雄司 | 自治医科大学附属病院 病院長補佐・感染制御部長・感染症科(兼任)科長日本環境感染学会 理事 |
COI: | なし |
新型コロナウイルス SARS-CoV-2 は、2019年末に中国湖北省武漢市から報告された後、急激な勢いで症例数が増加して、2020年3月11日には世界保健機関(WHO)が世界的大流行を意味するパンデミックを宣言するに至った。わが国でも4月7日に7都道府県、4月16日には全国を対象とした緊急事態宣言が発出されるに至り、医療現場でもマスクなどの個人防護具や手指消毒アルコールの供給不足などを生じ、地域によっては COVID-19症例の急激な増加による医療崩壊の危機が現実のものとなりつつある。
本稿では、変化の激しいパンデミックの最中ではあるが、現時点における現状認識と対応するべき課題を議論し、流行制圧と医療体制維持の一助としたい。
COVID-19 は、曝露後 4 日から 5 日で発症することが多く、潜伏期間は長くて 14 日間までと考えられている。初発症状としては発熱、咳嗽、咽頭痛、全身倦怠感、筋肉痛などのいわゆる “感冒症状” が多く、急性嗅覚消失や味覚異常、さらに食欲不振、悪心、下痢のような消化器症状を認めることもある[1、2]。発症しても約 80% は 1 週間程度の経過で自然軽快するが、発症後 5 日から 8 日ぐらいで息切れを訴えることがあり、重症化する徴候として注意が必要である。
現時点で一般的に認められているところでは、重症化するのは約 20% である。なお、重症例とは頻呼吸(毎分 30 回以上)、低酸素血症(酸素飽和度 93% 以下、または PaO2/FIO2 比 300 未満)、肺野浸潤影(24 時間から 48 時間の経過で肺野の 50% を超える)のような基準で考えられている[3]。室内気呼吸時酸素飽和度 94% 以上であれば軽症例ということになり、一般国民が考えるであろう “軽症” とは印象が大きく異っている点も指摘しておきたい。
さらに約 5% の症例では集中治療が必要となるが、重症例が重篤になる経過はわずか数時間程度と極めて速い印象であり[4]、人工呼吸器管理から体外式人工肺(ECMO)管理までも必要となる。重症化する危険因子として、慢性閉塞性肺疾患、心疾患、高血圧、糖尿病、肥満、喫煙などを挙げることは出来る[1]が、どの症例が重篤化するのかを個別的に事前予知することまでは不可能である。結果的に COVID-19 入院症例のケアにあたる医療従事者の心理的な負担は一層に大きく、重篤例については実際の物理的な労務量も大きな負担となる。
中国からの報告[3]やアメリカの流行当初の報告[5]によれば、COVID-19 は発症例の約 20% が重症化、約 5% で集中治療(ICU)管理が必要となり、致死率は約 2% とされた。今後、将来的にもこの頻度が教科書的に記載される数字になるであろうと推測するが、現状の流行拡大の進行と社会的混乱、一部にみられる医療崩壊が背景となれば、とくに致死率について、一定の評価にまとめるには時間がかかるものと考えられる。
SARS-CoV-2 の感染伝播は、まれには空気感染経路を取る可能性も否定は出来ないが、汚染された環境表面を介した接触・飛沫によるルートが主要であると考えられている[6]。基本的には接触・飛沫感染予防策を実施できた医療従事者に感染伝播のリスクはない[7]と考えられるが、手袋・マスク・アイシールド・ガウンなどの個人防護具(PPE)は汚染された外側の表面に触れないように慎重に脱ぐことが極めて重要である。先述したような著しい負荷のかかる COVID-19 診療の現場にあっては、規定された手順の破綻から医療従事者への感染伝播に繋がることは想像に難くない。
一方、COVID-19 の流行拡大を抑制するためには、一般社会における感染伝播経路こそが問題である。2003 年に流行した SARS-CoV-1 は、基本的に発症した数日後から感染力を有しており、発症者の囲い込みによって流行を抑止することが可能であった。しかし、COVID-19 の爆発的な世界大流行を見ると、無症候性感染伝播が重要な役割を果していると考えざるを得ない。
そんな中、実証的な研究[8]により発症 48 時間前から発症直後に最も感染力が強いことが示され、数理学的モデル[9]によって流行極初期の武漢で無症候性保有者からの感染伝播が全体の 86% を占めていた可能性が示されている。
流行の中、ニューヨーク市の妊婦を対象に悉皆的調査を実施したところ、対象者 215 名の中で COVID-19 を発症した 4 例と無症状であった 29 例の合計 33 例、15.3% が鼻咽頭スワブ陽性であり、無症状の 29 例の中で 1 例が COVID-19 を発症したと報告された[10]。この論文によれば流行が進行していた 4 月初旬のニューヨーク市では実際に発症した数倍の SARS-CoV-2 陽性者が存在したことになる。
今後、一般人口を対象とした血清抗体保有率などから実際の浸淫率(しんいんりつ:ある地域にどれくらい病原体が入り込んでいるのか示す指数)が検討されることとなるが、現時点でも発症前患者や無症候性保有者からの感染伝播を考えなければならないことは間違いない。したがって、現状、わが国をはじめ数多くの国で実施されている社会的行動制限、すべての国民に対する外出自粛と外出時の常時マスク着用の要請は止むを得ないところであると考える。
世界保健機関(WHO)が各国・地域の政府機関から受けている報告[11]によると、4 月 27 日時点で全世界の COVID-19 累積症例数 2,878,196 、累積死亡症例数は 198,668 で、単純計算による致死率は 6.90% となる。同様に計算するとフランスの見かけ上の致死率は 18.51% など、スペイン、イタリア、イギリス、ベルギー、オランダなど、西欧諸国では軒並み 10% を超えている。もちろん各国で COVID-19 に対する診療体制は異り、とくに診断を確定するための検査をどのように実施しているかが多様であることから、死亡例数を報告された症例数で単純に除して致死率の評価とするのは不適切であるとしても、先述した “致死率 2%” とは極端な差異となっている。
また、COVID-19 による健康被害が甚大なニューヨーク州では 65才超で人工呼吸器管理が必要になると致死率は 97.2% と極めて高い数字となっている[12]。
多数の重症例に対して集中治療を提供しなければならない医療従事者の負担は極めて大きい。肉体的な疲労に加えて、心理的負担も大きく、中国武漢などからの報告[13]によれば COVID-19 入院症例のケアにあたる医療スタッフの心理的負担は大きく、アンケート調査ではあるが、医師・看護師の 71.5% が中等度以上の心理的ストレスに曝されており、50.4% が中等度以上のうつと診断されている。いずれにせよ、医療スタッフにかかる負担は大きく、結果的に COVID-19 の予後にも著しく影響していることが容易に推測される。
なお、西欧諸国の中でもドイツは 4 月 25 日までの累積症例数 155,193 に対して死亡数 5,750 と見かけ上の致死率が 3.71% と近隣諸国に比べて著しく低いが、統計[14]によればドイツ国内の集中治療ベッド数は飛びぬけて高く(人口 10 万人あたり29.2 )と、イタリア 12.5 、フランス 11.6 、スペイン 9.7 、イギリス 6.6 を大きく引き離している。集中治療部門に対してどれだけ事前投資できているかという点も、COVID-19 の治療成績に関係する可能性が高いように思われる。
ちなみに人口 10 万人あたりの ICU ベッド数は日本が 7.3 、アメリカが 34.7 であるが、COVID-19 による見かけ上の致死率は日本 2.56%(横浜港クルーズ船関係を含む)、アメリカ 5.12% となっている。COVID-19 症例に対する治療方法が確立されない中、わが国の治療成績は現場の医療従事者たちの努力の結果を表しているものと評価するべきであろう。しかし、わが国の医療提供体制には決して余裕があるところでなく、COVID-19 症例がこれ以上に増加しないように一般国民の協力を要請する必要がある。
また、これはデータに基く議論にならないが、仄聞するところ、医療従事者への風評被害ともいうべき問題も出現している。医療従事者の家人が出社を拒否されたり、医療従事者の子どもが保育園で預かりを拒否されたりしている。COVID-19 は SARS-CoV-2 の感染症でありながら、心理的に不安や恐怖を感染伝播し、社会的に差別や分断を拡大させている。医療従事者が COVID-19 対応に専念できるよう、一般国民の皆さんに広く御理解と御協力をお願いしたい。
法律により COVID-19 は指定感染症として報告義務があり、厚生労働省のホームページに示されているデータ[15]に基いて考えることが出来る。この中で都道府県別に PCR 検査実施人数と陽性者数が日毎に掲示されている。4 月 26 日までのデータを見ると日本国内では検査を受けた中の約 10% が陽性となっているが、都道府県によってばらつきが大きく、陽性率が 10% を超えているのは、北海道、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、石川県、大阪府の 7 都道府県に限られており、過半数の 27 県では陽性率が 5% に達していない。
とくに東京都では陽性率が約 40% に達して突出している。
多くの地域で本格的な流行が始まっていないと考えられる一方、東京都とその周辺では猖獗を極める状況であり、東京から地域へのヒトの動きが COVID-19 を地域へ持ち込む危険性は決して低くはない。4 月 7 日に 7 都道府県に、翌週には日本全国に拡大された緊急事態宣言は止むを得ないところであってといわざるを得ない。
これから大型連休に向けてヒトの動きを十分に抑制するべきであり、その効果が現れる直後の 2 週間について陽性者数の動きに注目しなければならない。
COVID-19 症例に対する診療という負荷に加えて、現実の医療現場では多くの外来患者や入院患者の中から COVID-19 を見つけ出さなければならないプレッシャーがある。前述したようにわが国の多くの地域では COVID-19 はそれほどに浸淫していないが、まだ見ぬ感染症に対する恐怖は現場に要らぬ心理的負荷をかけており、さらには客観的には不要と思われる SARS-CoV-2 検査や胸部 X 線 CT 検査、個人防護具の濫用と言わざるを得ない過剰な感染防御が取られることが稀ではなく、人的にも物的にも消耗が激しくなっている。
私たちの自治医科大学附属病院では、現場の医療従事者の心理的負担を少しでも取り除くことを目指して、病院長・佐田尚宏先生、副病院長・山本博徳先生のリーダーシップの下、栃木県内の新規症例数や病院内の COVID-19 入院症例数、職員感染者の有無などに応じたレベル別対応表【表1】を作成しており、未知への恐怖を具体的な準備へと変換してもらえるように心掛けている。
例えば、栃木県内の地域流行早期(レベル 1)で新規患者数が 1 日あたり 1-3 例程度、入院患者数が 1-3 例程度かつ医療従事者に感染事例が認められない状況であれば、外来診療は概ね通常通りであるが、電話再診を促進するとともに外来受診例に COVID-19 の紛れ込みを防ぐために正面玄関にチェックポイントを設けて振分外来とする。COVID-19 は特定病棟の一部で感染症科が受け持ち、看護体制は当該病棟に所属の看護スタッフに担当してもらう。さらに症例数が増加して入院症例が 4-6 例程度(レベル 2)となれば、特定の病棟すべてを COVID-19 症例の専用として、看護スタッフは他病棟から応援してもらうこととするなど、段階的に診療体制を変更する。
また、自治医科大学附属病院が立地する栃木県においては、県庁に入院医療調整本部(本部長・海老名英治保健福祉部長)を置き、栃木県医師会に力強くバックアップしていただき、栃木県救命救急センター(済生会宇都宮病院)・センター長・小倉崇以先生と自治医科大学附属病院・感染制御部長である不肖私が栃木県内すべての入院症例の臨床経過を把握するシステムを構築してもらっている。
すべての症例の毎日の経過を確認することにより、とくに ECMO 管理が必要となりそうな重篤例をしかるべく高度急性期ケア病院へと転院してもらい、急性期を乗り越えて退院を待つ症例を別の病院へ転院してもらうような医療提供体制の適正化を目指している。
現時点では幸いなことに栃木県では症例数が少なく、ECMO 管理が必要な重篤例も経験されているが死亡例は認めていない。
【表1】 |
自治医科大学附属病院 COVID-19 レベル対応表(一部改変) |
今後の見通しを明確に述べることは難しい。たとえば前述のように無症候性に SARS-CoV-2 に感染する事例が数多いと考えられるが、このような場合に必ず抗体陽性となるのか、その後の再感染事例はないのか、根本的な問題が解決されなければならない。
これまで知られていた普通感冒の原因となるコロナウイルスについても、普通感冒を繰り返しひくことを反映するように、OC-43 や HKU1 に対する免疫は約 1 年ぐらいで減弱する[16]ことが知られており、SARS-CoV-2 に対する免疫抵抗力もどれくらいの期間に有効であるのか不明のままである。
感染性疾患の感染伝播力を示す指数として、1 人の感染者から何人に感染伝播させるかを示す基本再生産数 R0 があり、感染終息に至るためには全人口の (1 – 1/R0) X 100 % の免疫保有率が必要である。R0 は感染防止対策に取り組む社会状況によって変動する数値であるが、SARS-CoV-2 の R0 は 2 – 2.5 程度と見込まれており、感染終息のためには人口の 50% から 60% に至る必要がある。数理モデル[17]によれば、感染終息に至る集団免疫率を達成するには数年間を要する見込みである。
さらにいうと、中国、東アジアから始まった COVID-19 の感染拡大は、3 月初めからはヨーロッパ、3 月下旬からはニューヨークが流行の中心となっているが、SARS-CoV-2 は徐々に医療提供体制が脆弱なサハラ以南のアフリカへ侵入しつつあり(文献 18.)、様々な地域での流行が寄せては返す波のように第 2 波、第 3 波として世界的流行を執拗く繰り返す可能性も考えられる。
いずれにせよ、COVID-19 対策が長期にわたって必要になるとの前提で、地域医療体制を維持するための計画性が求められる。
COVID-19 感染拡大の中、2020 年 4 月 28 日時点における筆者なりの問題意識を論じた。医療現場はギリギリのところで踏みとどまっているといってよいが、COVID-19 対応は長期戦となる可能性も低くなく、病院の組織力、地域の連携力が試されるものとして考えるべきであろう。