岡崎 仁昭 | 自治医科大学 医学教育センター センター長/教授 |
淺田 義和 | 自治医科大学 情報センター 講師 |
松山 泰 | 自治医科大学 医学教育センター 准教授 |
COI: | なし |
LMS〈Learning Management System:学習管理システム〉とは、主にオンライン教育を支援するためのシステムである[1]。
教員はPDFや動画等の資料を掲載する他、多肢選択や記述形式での小テストや、レポート課題を出題することが可能である。
学生は各自で資料を閲覧し、出題された課題を実施することになる。また、掲示板の機能を利用した質疑応答や意見交換も可能である。
さらに、一般的なLMSではそれぞれの資料や課題等に開始日や締切、実施のための条件を指定することもできる。その他、学習履歴はデータベースとして一元管理されるため、必要に応じて点数や実施回数、設問の正答・誤答の傾向などを分析することも可能である。
MoodleはLMSの一つであり、国内外を問わず広く利用されている。MoodleはMartin Dougiamasによって開発され、2002年にバージョン1.0がリリースされた。本稿執筆時点(7月10日)では3.9が最新版である。Moodle HQが開発を進めており、世界中でユーザによる利用支援団体・コミュニティが誕生している。
国内では、日本ムードル協会がその一端を担っている。2020年3月時点で、世界中14万以上のMoodleが運用されており、延べ1億9千万以上のユーザーが利用している。筆者らの所属する自治医科大学(以下、本学)では、2012年からMoodleを学習支援用の教材として利用してきた。
Moodleの特徴として、(1)オープンソースである、(2)様々なプラグインによる機能追加が可能である、(3)ブラウザを問わず利用可能であり、モバイル版のアプリも存在している、(4)他のMoodleで作成された教材の共有、Open Badge等を用いた学習履歴の共有など、複数Moodle間での連携も可能である、といった点が挙げられる。
本学Moodleのトップページについて【図1】に示す。
図1 |
本学Moodleのトップページ |
「オンライン教育」、「eラーニング」など、様々な用語を耳にする機会が増えている。文部科学省の「大学における多様なメディアを高度に利用した授業について」では、いわゆるメディア授業の形式として、同時双方向型とオンデマンド型が紹介されている。なお、本稿では以降、前述の文部科学省の通知などを参考に、「メディア授業」という語句で記載することとする。
実際に授業を設計する際には、「同期・非同期」という時間に関する軸と、「一方向・双方向」という情報伝達の方向性に関する軸の2軸からの検討が必要となる。また、LMSを利用する以外に、Zoom等のWeb会議システムを利用するケースも見受けられる。ここで、これらのICTツールの特徴と合わせ、同期・非同期、一方向・双方向での教育の特徴を整理する。
同期型を行う際には、Web会議システムを用いて、教員と学生とが同時に接続して講義を進めていくことが一般的である。一方、同時に接続しているとはいえ、教員が最初から最後まで講義をし続けている場合は、一方向性となってしまう。双方向性を担保するには、途中で質問を投げかけて発言させる、チャットなどで答えさせる、などの方略が必要となる。
MoodleのようなLMSを用いる場合は、基本的に非同期となる。ただし、時間を決めてチャットや掲示板などに書き込みを行う、などの手法を取ることで同期型も可能となる。
方向性については、LMSであれば録画講義を配信するだけでは一方向性となってしまう。講義動画やPDFの配信と合わせ、掲示板等での質疑応答などを加えることで、双方向性が担保されることになる。これに加え、小テストや課題を提示し、提出されたレポートへのコメントや採点などの形成的評価を行うことも、双方向性の実現には重要な意味をもつ。
以上を【表1】として整理する。表から分かるように、同期x一方向については利点が少なく、同期x双方向、非同期x一方向、非同期x双方向の3つの場合が、オンライン教育における主たるケースとして考えられる。ただし、大学におけるメディア授業としては、双方向性の担保もほぼ必要不可欠である。このため、実質的には同期x双方向、または非同期x双方向を実現することが求められている。
本学では、このうちMoodleを用いた非同期x双方向を主体とし、必要に応じてZoomやBigBlueButtonなどを用いた同期x双方向でのメディア授業を行っている。
表1 |
時間と方向性の関係 |
本学では、新型コロナウイルスの影響にともなう授業や実習の一時中止から、メディア授業としての再開まで、講義はおよそ2週間、臨床実習はおよそ4週間という短時間での準備期間であった。この期間でのタイムスケジュールを【表2】に示す。
表2 |
メディア授業再開までのタイムスケジュール |
本学の特徴として、医学部の学生は基本的に全寮制という点がある。学生寮は有線・WiFi環境も完備されており、寮からの学習であれば基本的に学内LANへと接続することが可能であった。しかし、学生が47都道府県へと一時帰省することに伴い、均一なインターネット接続環境を提供することが不可能となった。ノートパソコンやタブレット、モバイルルータの貸し出しなどの対応策を講じたものの、これには限界もあった。このような理由から、同期型での運用は避け、非同期型としてのメディア授業を行うことを学内の方針として確定した。
前述のように本学では、2012年からMoodleの利用を行ってきたが、利用は一部の科目に限られている状況であった。今回、全科目を非同期型のメディア授業へと移行することを目的とし、Moodleの利用方法に関する説明会を教職員対象として実施した。説明会は1回2時間程度を想定し、1回の参加人数を20人程度までとして、ハンズオン形式での実施を試みた。具体的な内容としては、(1)Moodleへのログイン、(2)ファイルの掲載、(3)フォーラム(掲示板)の設定、(4)小テストや課題の設置方法、(5)活動完了や利用制限、などの条件・指定方法などを扱った。
この説明会においては、小テストや課題については設置方法のみにとどめており、採点やフィードバックの方法については、別途で情報共有する形をとった。この理由として、4月13日時点での最優先課題は、授業再開にむけて学生が学習可能な教材を準備することにあった、という点が挙げられる。Moodleを用いる場合、基本的に小テストや課題については、初期設定さえ正しく行われていれば、学生は実施・提出を行うことができる。このため、小テストや課題の採点については、実際に学生が提出して採点までの間に、操作に習熟してもらうことを念頭において、説明会を行ったという背景がある。
なお、採点方法以外にも、様々な問い合わせ等が生じることが想定されていた。このため、説明会の内容を動画撮影したほか、FAQの作成と合わせ、Moodleの画面操作を録画した解説資料を共有できるように準備を整えた。
【図2】に示すように、本学におけるメディア授業は、座学講義の代替と臨床実習の代替との2通りが存在している。座学講義の代替は、学年単位で時間割通りに開講する形式をとった。各授業における課題については、学生の通信環境が必ずしも整わないことを加味し、開講日から1週間を基本とした締切日の設定とした。
臨床実習の代替は、5月11日の時点で、基本的にはすべてのコンテンツが閲覧可能となるような形式とした。実際の臨床実習では、学生が6~8人程度の班ごとにローテーションする形となる。しかし、週ごと・学生ごとに閲覧可能な診療科の情報を切り替えることは、非常に複雑な運用となってしまう。
そこで代替案として、コンテンツ自体はいつでも閲覧できるようにしたうえで、学生は自分がローテーションする予定であった診療科の課題を必須で行うような仕組みとした。これにより、意欲のある学生は、先の予習も行いやすいことに加え、ローテーション終了後の復習なども行ないやすい仕組みとなっている。なお、診療科によっては独自に設定を追加し、班ごと・ローテーションごとに課題を切り替える運用を行っている。
教員は代替授業の準備を進める一方、学生に対してはメディア授業の導入に際しての模擬講義の運用を行った。
前述のようにMoodleの導入状況は一部のみであったため、学年によっては利用頻度が少ない状況もあった。また、メディア授業としての運用に際し、小テストや課題レポートの提出などを含め、Moodle上の種々の機能が利用されることになった。
さらに、一時帰省に伴い、動画講義などが問題なく閲覧可能であるかを調査する必要も生じていた。これらの背景から、4月20日からMoodle上で模擬講義と題し、講義動画やPDFの閲覧、小テストや課題の提出などが滞りなく実施できるか試験運用を行った。また、模擬講義の動画では自己調整学習に関する紹介を行い、メディア授業を学生個々人がそれぞれのペースで学んでいくために有用な知見を提供するようにした。
冒頭で述べたように、MoodleをはじめとするLMSは主にオンライン教育で利用されるものである。
一方、小テストの実施や掲示板での質疑応答の機能などは、対面の授業中であっても利用可能である。実際、筆者らはスマートフォン含めて各自の端末が用意できる場合には、対面授業においても小テストやアンケートを授業中に実施する試みを行っている。
紙媒体での実施と比較し、実施直後に集計結果が出るため、学生の理解度や意見を元にして授業を進める際に有用である。また、レポートを採点する場合にも、LMSの機能として有用な点が2つある。
一つは、レポートが電子ファイルとして保存される点である。もちろん、紙媒体の方が見やすいという声を聞くこともある。しかし、電子ファイルとして存在していることで、スケッチ等の画像やWord等の文章で提出されたものに直接コメントを書き込んで返すことが可能である。これにより、より入念なフィードバックを行うことが可能となる。
また、ルーブリックを設定することで、提出された課題のフィードバックを客観的にかつ均質に行うことが可能である。双方向型を担保するにあたっては、これまで以上に評価やフィードバックの負担が増大しうる。ルーブリック等を導入することで、教員側の負担を軽減することも可能となる。
今後、コロナ禍が終息した場合、メディア授業に向けて作成された教材はどのように扱われることになるだろうか。筆者らは、コロナ禍が終息してもなお、メディア授業としての教材については有意義な利用が継続されると考えている。
もちろん、文部科学省による大学設置基準等に従えば、現時点ではメディア授業で実施可能な授業の単位数には60単位までという上限が備わっている。しかし、裏を返せば条件さえ揃っていれば60単位まではメディア授業を用いることが可能、とも言える。また、このコロナ禍により、単位数等の上限が見直される可能性もあるだろう。仮にメディア授業としての単位認定が難しい場合であっても、以下に示す理由から、その有用性は継続すると考える。
第一の理由として、教材の多くが継続的に利用可能であることが挙げられる。動画や小テストの課題として作成され、Moodleに掲載された教材については、次年度以降も同様の形で使うことができる。もちろん、一部の教材についてはガイドライン等のアップデートに合わせた改定が必要となるであろう。しかし、教材のすべてを一から作成し直す必要がなくなることは、教員にとってもメリットの大きいところであろう。
第二の理由として、反転授業などの教育手法を導入する際にも活用可能であるという点があげられる[2]。Moodle上で利用可能な動画やPDF、小テストの教材は、通常の授業における予習用教材としても利用が可能である。これをさらに応用し、特に知識面の学習については事前に個々人で学んでおくようにすることで、実習や演習、シミュレーション、臨床実習などを有意義に行うことが可能となる。【図2】にミラーのピラミッドとメディア授業での運用可能性を示す[3]。ここで示すように、知識であれば大部分が、技能や態度であってもKnowsやKnows Howといった領域については、メディア授業の形式でも学習を進めることは可能となるだろう。
図2 |
Millerのピラミッドとオンライン教育における実行可能性 |
このような時代の変化の中で、LMS等を用いたメディア授業をいかに取り入れていくかが、今後の医学教育においても大きく問われているといえる。
‘Medicine is learned by the bedside and not in the classroom’ (医学はベッドサイドで学ぶものであり、教室で学ぶものではない)。これは、19世紀後半から20世紀初頭にかけてマギル大学や、ジョンズ・ホプキンス大学などで教鞭をとり、臨床・研究・医学教育で数々の業績を残したWilliam Oslerの有名な言葉である。彼の言葉は、ベッドサイドで患者に接して学ぶことを重視する現在の臨床医学教育の基本理念となっている。
今回のCOVID-19のパンデミックは、この基本理念を危ぶむ事態を招いている。医学生・患者の安全、医療現場の負担軽減のために、患者接触を伴う臨床実習を中止せざるを得ない状況になった。中止による教育への影響は未知で、適切な能力を獲得した医療従事者を輩出できない恐れがあった。しかしパンデミックで医療従事者の需要が高まる可能性を考えると、安易に医学生の進級や卒業を保留にすることは得策ではない。世界の医学部がこのようなジレンマに陥っている。
それでは、臨床実習が行えない間、どのような形で代替教育を行うべきであろうか。世界の隅々まで調査したわけではないが、少なくとも英国や米国では、全国の医学部とオンライン教材作成のノウハウをもつ企業とが協働し、医学教育を統轄する機関を通じて大量の自己学習教材が提供される体制をとっている。
例えば、アメリカ医師会〈American Medical Association:AMA〉は、Medical education COVID-19 resource guideというページを開設し、AMAがスポンサーとなって医学生、研修医のための無料オンライン教材を提供したり、医学生・研修医向けの感染防御のガイドラインを出している。一方、英国のMedical Schools Councilは、Ocasta 社と提携して「CAPSULE」というオンライン学修ツールを無償で英国の全医学生に提供している。この教材は、症例を基盤としたオンライン学習教材で、もともとはBrighton and Sussex Medical SchoolのDavid Howlett教授らが中心となって開発されたものである。今回、英国の全医学部の専門家に協力を仰ぎ、教材の質を検証しながら、670以上の症例、39科目3,500題の問題が準備された[4]。
一方、我が国では、6月1日に文部科学省・厚生労働省が連名で公開した「新型コロナウイルス感染症の発生に伴う医療関係職種等の各学校、養成所及び養成施設等の対応について」の中でいくつかの具体的な代替案が示され、臨床実習に変わり得る学修として認めることを示している[5]【表3】。
我々の知る限り、全国の医学部は臨床実習の実施時期の調整とともに、これらの代替案も参照しながら各大学独自に教材を作成し、対応しているようである。一部の独創的な実習代替教材は注目に値し、日本医学教育学会主催で臨時開催されたサイバーシンポジウムや、日本医学教育学会誌(51巻3号)で紹介されている。しかし、欧米のような全国規模での学習教材の開発、質の検証、共有は行われていない。
表3 |
文部科学省・厚生労働省が示した実習代替実践事例[5] |
(1)三密を避けた状態での、シミュレーターを用いての基本手技の実習。 (2)オンラインによる模擬実習(カンファランス、ミニ講義、手術や手技のビデオ供覧と解説、試問、レポート提出)。 (3)オンラインによる臨床推論能力の養成を目的とする授業。 (4)研究棟や講義棟での電子カルテを用いた症例検討や動画視聴、シミュレーターによる技能学習(人数制限並びに部屋の換気等感染防止措置を実施)。 (5)実習の臨床実習予習ノートを用いたe Learningによる在宅学習(各実習の指導教員がメールでの質問へ回答 )。 (6)事例データベースを作成し、事例データベースを基に、学内においてシミュレーション教育を実施。 (7)臨床実習指導者参加型オンライン指導システムを活用し、書面や動画を含めて臨床推論指導を実施。 (8)実習先講師を招聘し、実習先での状況や実習を行った時の対応など、通常より現場に近い授業演習を実施。 (9)臨地(病室、在宅、居室)と大学を オンライン接続し、 以下の内容の学内実習を行う。 ・臨床実習への協力の同意を得た患者にオンラインで聴取する。 ・指導教員が収集した患者の日々の様子の映像情報を用いて、計画を策定する。 ・リアルタイムの患者の状況を確認・評価しながら、日々の計画を策定する。 ・学生が役割分担するなどにより、学内でのロールプレイを通じて技術を修得する 。 |
大学独自に教材を開発することは、大学の特性に柔軟に適合できるメリットがあるが、コンテンツの質が割り当てられた教員個人の能力や労力に依存されやすく、また、コンテンツが量産されにくい。一方、全国規模で学習教材を開発するメリットは、学習領域ごとに複数の専門家が幾つかコンテンツを作成し、検証できるため、質が担保された教材が量産できる点である。我が国の医学部での教育到達目標や教育内容については、医学教育モデル・コア・カリキュラムである程度体系化され、整理されている。従って、コンテンツの作成の手順が定め、モデルコンテンツや作成マニュアルを準備し、全国規模での学習教材の開発を目指すべきである。
コンテンツについて、ゼロベースから議論する余裕はない状況である。そこで我々は既存のモデルコンテンツと作成マニュアルとを活用することを提案したい。
厚生労働科学研究「ICTを活用した卒前・卒後のシームレスな医学教育の支援方策の策定のための研究」(代表研究者:門田守人)の分担研究班「ICTを活用した医学教育コンテンツ等の開発」(研究分担者:河北博文)は、高額なデジタルシミュレーションに頼らず、我が国の標準的な医療をテーマに、臨床推論やEBMの応用など臨床問題解決能力の育成を強調したオンライン学習コンテンツの開発をこれまで進めてきた[6]。情報通信技術の活用により、オンライン上で臨床情報を動画や音声で提示して医療現場のリアリティを再現し、問題・課題をガイドとしながら診療のプロセスを体験できる、アウトプット型学習の実現を目指している。コンテンツは臨床現場で症例を診療する設定で作り、診療プロセスの中でEBMを適用しながら臨床推論を学習できるように工夫を凝らしている。臨床推論やEBMを診療プロセスの中でどの時点でどのように活用するか、概念図を作成し【図3】、さらに臨床現場でこそ学習できる内容のうち、動画・音声を活用することでオンライン学習が可能となる領域を明確化しながら【表4】、症例コンテンツのブラッシュアップを行ってきた。また、オンライン学習のプラットフォームには、動画・音声ファイルと互換性がよく、購入と維持管理が比較的安価なMoodleを活用している。
図3 |
診療プロセスとEBMの概念図[6] |
表4 |
臨床実習でこそ学べる項目([6]から引用) |
小項目の斜体字は代替コンテンツ改良時に特に考慮した項目である。 |
今回、COVID-19流行下の医学部臨床実習の中止のなか、代替学習の助けになればと、河北班は6症例のモデルコンテンツと作成マニュアルを全国の医学部に無償で提供した[6]。症例のコンテンツはMoodle版とともに、コンテンツを小分けしたものを提供している。各大学のニーズで自由に教材を編集できるように配慮したためである。症例のシナリオ(PowerPoint)、動画(MP4)、音声(MP3)、診療録・手術サマリーの雛型(Word)、診療録・手術サマリーの記載例(PDF)から構成されている。また、同様の症例コンテンツを各教育機関で一から作成できるように、作成マニュアルも添付した。なお、商用目的等の転売など不正な使用を避けるため、Creative CommonsライセンスのCC-BY-NC-SAを用いた著作権の整備を行った。
無償提供したコンテンツの1例を示す【図4】。この症例の学習目標は「食欲不振を主訴に来院した患者の臨床推論を学ぶ」ものである。学習者は臨床実習医学生(ステューデントドクター)として、地域中核病院での初診外来実習に参加している設定である。地域中核病院の初診外来の多くで使用している予診票を再現し、導入の情報が冒頭に提示される【図4-1】。
続いて、ステューデントドクター(以後ドクター)と患者との医療面接の様子が動画で提示され、「今日はどうなさいましたか」というドクターの「開かれた質問」に対する患者の自然な語りを視聴する。ここでは、整理されていない病歴が患者からの言葉で発せられ、また、患者(ドクター)の発言に対するドクター(患者)の反応が視聴できる。区切りに診療のガイドとなる設問がある。内容は病歴の整理を促すもの、診断を絞るための適切な閉じた質問の選択させるもの、更にはコミュニケーションスキルを問うものなどが含まれる【図4-2】。これらを解き、正答と解説とをガイドとしながら、医療面接を完遂する。続いて身体診察に進む。ここでは、主訴に関連する身体診察所見の様子が音声付動画として流れるが、ドクターが誤った手技を行う箇所が含まれる。そしてガイドとなる設問で、不適切な身体診察を指摘し、正しい診察手技を記載させるものが示される。また診察所見を適切な医学用語で記載させるものもある。次に検査のステップである。設問で、診断に有用な検査項目を選択させたり、動画・音声で示された検査結果(例:上部消化管内視鏡検査の動画)を読影させたり所見を記載させたりして、正解と解説をみながら自らの方針を軌道修正させ、最終診断に導くのである。
最後に、確定診断がついた段階で、担当症例の医療面接から初期計画までを診療録【図4-3】として改めて記載させ、それをMoodle上に提出させる。初期計画では診断計画(追加検査など)、治療計画(EBMに基づいた治療方針の記載)、説明計画(患者さんの心理状況や社会背景を踏まえた適切な説明内容)を記載させる。診療録の提出が完了すると、Moodleから記載例をダウンロードでき、自分の診療録と比較して省察できるようになる。以上で学習は終了となる。
この教材が強調したいところは、担当ドクターとして設問や課題をガイドにして、自らが診療を進める実感を持たせ、その過程で臨床における基本的な知識、技能、態度を学び、臨床推論とEBMのスキルを獲得してもらうところである。動画の被写体は実際の患者を撮影した方がリアリティは高まると思われるが、モデルコンテンツでは敢えて模擬患者を使用した。これは患者の同意取得や場当たり的な撮影の手間を回避してもコンテンツを作成できることを証明したかったからである。
図4 |
河北班のコンテンツの1例 |
4-1.導入部(予診票) |
4-2.医療面接動画、ガイド設問および解説 |
4-3.診療録(記載例) |
今回我々が提示したコンテンツは、実施に困難を抱えている対面型実技試験(pre-CC/post-CC OSCE)の代替にもなり得る。何故なら河北班のコンテンツは、診療プロセスの中に設問があり、それを回答していきながら、診療の疑似体験をする特徴があるからである。
設問への回答が試験に活用できるわけである。この際、受験者は課題への回答を実技ではなく、文字で示すことになるが、工夫次第では現在のPre-、Post-CC OSCEに活用できる課題となり得る。
例えば、OSCEの医療面接課題で、臨床推論に基づいて閉じた質問を適切に問えるかを評価する点は、そのまま河北班のモデルコンテンツの医療面接の設問を応用できそうである。また、河北班のコンテンツの最終課題は、診療内容を要約して診療録を書かせることである。まとまりのない患者の言葉を簡潔に要約してプレゼンテーションするOSCEの評価項目は、それで代用できそうである。
なお、プレゼンテーションを重要視するならば、受験者がカメラに向かってプレゼンテーションするのを別室で視聴したり、プレゼンテーションを録音・録画して、後日、評価者が評価したりすることも可能である。さらにOSCEで出題される手技の多くは、基本的な動作で構成された手技をいかに正しく行えるかである。河北班のコンテンツで示したように、例えば身体診察の一連の流れを動画でみせて、その中から不適切な動作の箇所をみつけ、適切な動作を説明できるだけでも、ある程度正しい動作を実行できるかの評価になる。発想を豊かにすれば、河北班のコンテンツは様々な評価に活用でき、十分OSCEと呼ぶに堪える評価方法となり得る。
本学では「高度な医学知識と総合的な臨床能力を備え、常に進歩しつづける医学の様々な分野に対応できるように生涯にわたり精励する」医療人の育成をミッションの一つに掲げている。入学から進級保留せずに卒業する医学生の割合は毎年90%以上と高く、また過去10年間の医師国家試験合格率は平均99.2%で、8年間連続全国第一位を達成している【図5】。
図5 |
過去 10年間の自治医科大学の医師国家試験合格状況 |
本学医学教育センターで実施している医学生に対する学習支援体制を紹介する。
(1) 各学年の学習支援部会を設置、(2) 対象者は進級保留学生と成績不良学生とで、各学年20〜30名、(3) 各学年の学習支援部会は各学年部会長以下、対象学生数に応じて5〜20名で構成、(4) 週一回の勉強会、月一回の部会、(5) 6学年部会は学生寮の6〜8名で構成される計20の勉強会室毎に担当指導教員を当てている。また医師国家試験対策学生委員と月一回のミーティングを行い、卒業試験日程の調整などを行っている。さらに春、夏および冬期に6学年生に対する特別補講の実施。このような全学的なきめ細かい学習支援体制が高い進級率と医師国家試験合格率とに寄与していると考えられる。
本学独自の学習支援教材として、3、4学年用には診断学のまとめ(724頁)、5、6学年用には内科鑑別診断のポイント(640頁)を作成している。
週一回の夜間の勉強会では、担当教員が主にこの教材を使用して、いわゆる「3密」で双方向性の対面型勉強会を実施してきた。しかしながら新型コロナウイルス感染症のため、この勉強会は中止せざるを得なくなり、また学生は学生寮の一時閉鎖に伴い、出身都道府県に帰省することになった。
筆者が代表研究者である厚生労働科学研究「ICTを活用した卒前・卒後のシームレスな医学教育の支援方策の策定のための研究(2018〜2020年)」の「卒前・卒後のコンピテンシー獲得に至る多様なプロセスを支援する多面的な評価情報が集約されたダイナミックシラバスの開発とその効果検証に関する研究」〉【図6】では、ダイナミックシラバスの開発を行い、学生の総括的評価に加え、知識・技能・態度に関する形成的評価を行い、医師としてのコンピテンシー達成を自己および他者評価する支援システムを整えるものである。さらに、卒後も同一のシステムで学習履歴を管理できるようにし、卒前・卒後の連携をはかることを目指している。既に本学では卒業時に初期研修医レベルを到達目標とした教育プログラムの改定を行っており、機械学習の研究や教学IR〈Institutional Research〉の推進など、教育プログラムの改善および評価を行ってきた。
2018年度においては、学内Moodleを基盤としたシステム構築およびトライアル運用と評価を目的とし、サーバ機器の導入やプラグイン開発委託と合わせ、Moodle上でのコンテンツ開発や動作検証としてのトライアルを試みた。また、2019年度ではトライアル運用で得られた改善点に関する改修とあわせ、データ収集や解析の実践を通じた検証を行った。2020年度では、システム全体の検証とともに、開発したシステム全体の仕組みを公開し、他大学・他研修病院等での利活用を推進する予定である。
合わせて、システムのパッケージ化を進め、他施設での導入を容易にするための仕組みづくりを目指している。即ち本学独自の学習支援教材をMoodleに取り込み、メディア教育の準備を整えていたのである。まさにピンチをチャンスと捉え、4月から自己学習用教材(診断学のまとめと内科鑑別診断のポイント、各々30コマ、1コマ30分で骨子をまとめる)としてMoodleにアップしてスムーズに対面型勉強会の代替としてのメディア授業に移行することができた。
図6 |
「卒前・卒後のコンピテンシー獲得に至る多様なプロセスを支援する多面的な評価情報が集約されたダイナミックシラバスの開発とその効果検証に関する研究」の概要 |
メディア授業のメリットとデメリットとをアンケート調査をもとにまとめた。
コロナ前の学習支援目的の対面型勉強会には、残念ながら出席しない学生が毎年、相当数はいた。しかし今回のメディア授業へのアクセス率は、7月時点では極めて高い結果が出ている。
小中高等学校では、不登校や引きこもり学生に対する支援としてのメディア教育が注目されている。
学習到達度の鍵はコンテンツの内容はもちろんであるが、教員からのフィードバックである。本学でも一部の学習困難者〈difficult learners〉に対するメディア教育の有用性が示唆される。
対面講義、実習および実技試験が困難となるのはパンデミックだけではない。大規模自然災害や、テロリズムなどの人的災害でも起こり得る。また、そのような不測の事態において医療のニーズが高まる可能性は高く、新たな人材を現場に送り込むためには、医学教育が機能停止してはならない。
対面授業、基礎実習、臨床実習と実技試験のバックアップとなるようなメディア教育体制を構築することが求められる。世界をみれば国内の機関が協働して短時間に質の担保された教材が作られている。
今こそ、全国医学部長病院長会議、文科省・厚労省・経産省・総務省が省庁間の壁を越えて、さらに日本医療機能評価機構、日本医師会が共同して、オールジャパンでメディア教育コンテンツ作成体制を構築していくべきである。
本原稿内容は,以下の厚生労働科学研究助成を受けている。
ICTを活用した卒前・卒後のシームレスな医学教育の支援方策の策定のための研究(研究代表者:門田守人):分担研究ICTを活用した医学教育コンテンツ等の開発(研究分担者:河北博文)
卒前・卒後のコンピテンシー獲得に至る多様なプロセスを支援する多面的な評価情報が集約化されたダイナミックシラバスの開発とその効果検証に関する研究(研究代表者:岡崎仁昭)