有賀 徹 | 独立行政法人労働者健康安全機構 理事長昭和大学名誉教授 |
横田 裕行 | 日本体育大学院保健医療学研究科 科長・教授前 日本救急医学会 代表理事 |
*タスクフォースのメンバーは末尾に記載
日本医師会に組織されたCOVID-19医学有識者会議の構成員として有賀徹と横田裕行の両名は「入院を要する中等症以上のCOVID-19感染症患者への対応について~地域医師会などによる柔軟な医療提供体制の構築に関する提案~」を本有識者会議のホームページに公表し(4月28日付け)[1]、
の2点が地域医療において喫緊の課題であることを指摘した。
そして、地域に所在する病院について、「中等症以上の新型コロナウィルス感染症患者の入院治療を担当する病院」と、「発熱・接触者外来を行うとしてもその入院治療には与らずに専ら一般の救急患者の入院治療に大きな機能を発揮する病院」とに分ける、そのような柔軟かつ早急な医療提供体制の構築を提案した。
多くの自治体病院などが前者の機能を担っていることについて既に周知のこととは思われるが、多くの地域において前者と後者との分離が実に求められている現状に鑑みて、この分離を旨とする医療提供体制の構築が上記1.と2.について奏功すると思われる地域においては、地域医師会においてそれが具現化できるように早急に協議[2-4]の開始をお願いしたいと主張した。
以上の次第によって5月2日に上記名称のタスクフォースによる会議を開催した。そこでは、COVID-19に特化した専門病院(いわゆるCOVID重点医療機関)を構築する方向性と、具体的に自治体病院がCOVID重点医療機関としての機能を担うべきであるという考え方とが確認された。従って、地域に所在する病院について、「A:中等症以上の新型コロナウィルス感染症患者の入院治療を優先的に担当する病院」と、「B:発熱・接触者外来を行うことがあっても、その入院治療には与らずに専ら一般患者の入院治療に大きな機能を発揮する病院」とに分離することが、地域によって冒頭の1.2.に奏功するのであれば、早急に地域における自治体病院にはその能力に応じてAとしての役割を担うよう、またそのために必要とあらば、Aの病院からCOVID-19以外の入院患者をBの病院に移送してでもその任を担うべく地域医師会において協議を進めるよう切望する。COVID-19に関する当有識者会議が日本医師会に組織されているので、ここではまず地域医師会において協議を進めるように求めているが、地域によっては地域における病院群が地域医師会の傘下に組織されている場合や、それとは別個に病院団体が組織されているなどと、状況は様々であると思われる。従って、地域の実情に合わせて実現性のある方法にて協議を進めていくことが求められる。
「AとBとを分離する」の考え方について是非とも追記すべきは、地域におけるBの病院の存在があれば、基礎疾患を有する患者や重症化しやすい状態の患者ら皆が安心して掛かることのできる医療機関が地域において確保されていることである。該当の患者のみならず、地域に暮す人々にとってこのことも極めて重要と考える。
ここで、災害医療を軸に活躍する日本赤十字社に組織された日赤病院群が今回の深刻なパンデミックたる災害へ対峙すべく「Aの機能を担う」という判断があっても、それは地域ごとの実質的な協議によって戦略的に判断されるところとでもあると考える。我々のタスクフォースにおける議論では「AとBを分離する」「自治体病院がAを担う」である。後者については更に後述したい。加えて、末尾には地域ごとの多様性についても言及する。
地域の病院群をAとBとに分離できたとすれば、新型コロナウィルス感染症患者ないしその疑い患者に入院治療の必要があれば「Aの病院」が選択される。そして、AとBの各々で入院治療をしていた患者にとって、より一層高次の医療内容が求められれば、患者は地域に所在する特定機能病院、すなわち多くの地域では大学病院(分院も含む、以後大学病院と記載)に搬送されることになろう。その際に大学病院は、一つの病院内において「新型コロナウィルス感染症患者」と「そうでない患者」の両方への同時の入院治療が課せられる。つまり、地域における高次医療機能を発揮する大学病院の本来果たすべき役割から、我が国における範たる水準の感染管理を以て院内感染を避けることも大学病院に課せられていると考える。地域に所在する病院がAとBとに分離されれば、新型コロナウィルス感染症が疑われ「行き場を失った」患者にとって最後の救急搬入受け入れ先となることによる大学病院救命救急センターへの不合理で著しい負荷[5]から逃れることができるので、大学病院にはその本来果たすべき役割について一層の奮励を期待したい。
上記の分離が進められたとしても、解決すべき事項も少なからず残されるであろう。以下に記載する。
(1)専門に特化した場合に、重点医療機関以外の中小二次救急医療機関の中には、救急患者は全て「陰性」という考えで対応してしまう可能性がある。その場合はいわゆる「かくれコロナ」によって、当該医療機関に院内感染が発生し、クラスター化する可能性がある。従って、COVID-19重点医療機関だけに入院患者を集約する一方で、該当患者以外を受け入れる予定の病院への注意喚起と感染防御強化も求められる。
(2)救急医療への負担を軽減するためには、疑似例をいかに減らすかが重要であり、そのためには迅速なPCR検査、抗原検査、および抗体検査の拡充と評価法の確立が必要である。これらPCR検査等の迅速化と評価法の確立は有識者会議の別のワーキンググループ(臨床検査学会が中心)で議論が開始されるとのことであり注視していきたい。
(3)上記に加えて、患者を振り分ける作業のために、いずれは該当患者の重症度や緊急度の考え方なども検討し明確化すべきである。
(4)病院間搬送や病院選定(患者と病院などとのマッチング)についての調整機能が現状では不十分であり、重点医療機関(つまり、Aの病院)にそのような統制機能を期待したい。
たとえば救急医療において救急車を要請した傷病者の病院選定に難渋する際に東京都で機能しているいわゆる東京ルールが参考となる。2009年に導入された東京ルールはこのような傷病者を当該二次医療圏の地域救急医療センターが受け入れる、あるいは搬送先の調整を行うシステムで、その導入によって病院選定に難渋する件数が半数以下に低下した実績がある[6]。このような機能をCOVID-19、あるいはそれを疑う場合に重点医療機関(つまり、Aの病院)に期待するものである。
(5)国公私立大学病院における令和2年度末における対前年度減収合計は5000億円に及ぶと推計される[7]。いずれの医療機関も減収減益に喘ぐ結果を免れず、この問題は本稿そのものの中心課題ではないが、いずれ極めて大きな社会的な課題として扱うべきと考える。
ここではまず「公(おおやけ)」への考察に引き続いて、標記の大きな期待へと論考を進めたい。人々が安全のため、お互いに契約を交わして、自らの自然の権利を放棄し、それを特定の人物や集団に譲渡する。その契約によって構築される社会が「国家」である(『社会契約説』)とするならば、生命の危機に瀕した国民を救済することは、国家にとっては契約の履行であり義務である。したがって、今次のパンデミック感染症を含め大きな災害時の医療は国家的な事業として、必ず結果を得る「責任倫理」の準則のもとに展開されなければならない。換言すれば、国家の公共性は、国民の生命を保障する公共的価値を実現する責務を負っている。
上記の原則は極めて重要である。しかし、公共性の主体について、社会全体に対する権威的拘束力ないし全包摂性格を有する国家が優越的ではあるものの、今や公共性は生活圏に近い場所においてこそ発現すべきとも言われ、国よりは都道府県、さらに郡市区町村の地方自治体がその役割の主体となる必要がある。地域保健法(1994年)や、地方分権一括法(2000年)もその流れにある。
自治体病院は、以上の総論に派生する地方自治体の責務を担っている。従って、各自治体に組織された自治体病院の多くは、例え不採算な対象であっても地域の医療に必要であれば、それを行うことが求められ、自治体からの財政的支援を受けることもあり得る。そして、歴史的にも地域住民の生命と健康を守るため設立され整備が進められ、感染症に対する衛生行政の一翼を担ってきた。そのようなこともあって、感染症指定医療機関を担っている自治体病院も少なくないし、今次の惨禍にあって多くの自治体病院が獅子奮迅の活躍を示している事例は枚挙に遑がない。従って、深刻なパンデミックに鑑みて、自治体病院こそ「A:中等症以上の新型コロナウィルス感染症患者の入院治療を優先的に担当する病院」の機能を担い、前述の地域におけるAとBとの分離の考えを率先して牽引されたいと考える。
新型コロナウィルス感染症の蔓延は深刻なパンデミックたる災害に至っている。しかし、地域によって惨禍の状況に差のあることも事実であるから、地域のそれぞれについて地域医師会や関係各位による協議を経るなどして「A:中等症以上の新型コロナウィルス感染症患者の入院治療を優先的に担当する病院」と、「B:その入院治療には与らずに専ら一般患者の入院治療に大きな機能を発揮する病院」とに分離することが、地域医療に資すると判断できるのであれば、自治体病院にはその能力に応じてAとしての役割を担うよう、またこのことによってAとBの分離を地域において進めることができるよう切望する。地域におけるBの病院の存在は、基礎疾患を有する患者や重症化しやすい状態の患者ら皆が安心して掛かることのできる医療機関が地域において確保されていることとなり、このことも極めて重要と考える。
以上のように、ここでは専ら自治体病院こそAを担う大義について述べた。しかし、この役目を地域の大学病院が担わざるを得なかったり、複数の医療機関を経営する法人が地域性に鑑みて自らの施設をAとBとに分けたり、前述のように日赤病院が担ったりするなど、多くのバリエーションが地域ごとにあり得ることは当然である。ここで述べた自治体病院云々については、言わばメートル原器をそのまま地域に当てはめる作業のように理解するものではなく、冒頭から所々で触れているように地域医師会や関係団体を交えた協議による地域の実情を主軸に置くことがポイントである。地域の保健所など行政組織もそのような地域の実情ないし協議の結果に調和できる作業の展開へと協業することの必要性についても付記しておきたい。