鈴木 亨 | 英国レスター大学 医学・生命科学研究科副研究科長循環器内科 教授 |
COI: | なし |
COVID-19の状況は、5月上旬現在、感染者数は20万人に達し、死亡者数も3万例を超えた(https://coronavirus.data.gov.uk)。医療従事者も165人以上が亡くなっている状況である(https://www.theguardian.com/world/2020/apr/16/doctors-nurses-porters-volunteers-the-uk-health-workers-who-have-died-from-covid-19)。死亡者数については、英国は米国に次いで、世界で2番目に多い国である。COVID-19による最初の死亡例は3月2日に報告され(最初の感染報告例は1月31日)、この約2ヶ月間でCOVID-19により3万人が亡くなったことになる。
日本と英国はともに島国であり、様々な面でのスケールで日英は似ているといわれる。国土は日本が英国の約1.5倍、人口は日本が英国の約2倍、経済・財政面では両国とも一人あたりGDPは約47,000ドルである。ともに先進国で、医療水準も高い。OECDの調査によると、日本は英国に比し人口あたりのベッド数は5倍多いが、対GDP保健医療支出額、保健医療支出に占める一般政府財源割合、一人あたり保健医療支出額、人口あたり医師数は大きな差がない。しかしながら、COVID-19に関する状況は全く異なり、感染者数は英国が日本の約13倍、死亡者数については約60倍である。
グローバル・パンデミックに指定されたCOVID-19が世界中を駆け巡った現在、世界各国の対応やその結果を調査し、記録を残すことが重要である。それが今回の教訓を将来活かすことにつながると英国勤務・在住の日本人医師・大学教員である筆者は願う。100年前のスペイン風邪大流行の際も、当時の内務省衛生局は海外諸国の状況を調査した詳細な記録が残っている(平凡社東洋文庫778―流行性感冒―スペイン風邪大流行の記録―内務省衛生局編)。
英国政府のCOVID-19関連情報はインターネットで公表されている。感染状況(患者数、死亡者数)は毎日アップデートされ、インターネットで公表されている(https://coronavirus.data.gov.uk)【図表1】。また、毎夕、閣僚級の政治家等が国営放送BBCで会見を実施している。その際に用いられる資料も公表されている(https://www.gov.uk/search/all?topical_events%5B%5D=coronavirus-covid-19-uk-government-response&order=updated-newest)。生活面での政府ガイダンス(健康・医療、会社・休業補償、住居、自動車関連、海外渡航等)も政府のコロナウイルス関連のホームページにまとめられている(https://www.gov.uk/coronavirus)。
図表1-1 |
英国におけるCOVID-19の患者数と死亡者数 |
https://coronavirus.data.gov.uk より(5月4日現在) |
図表1-2 |
患者数の推移 |
図表1-3 |
死亡者数の推移 |
英国政府の当初の基本対策方針の骨子は、contain(封じ込め)、delay(遅延)、mitigate(緩和)、research(研究)の4段階であり、これに従って履行されてきた(3月3日公表)。
しかしながら、この方針では患者数が医療の許容範囲を超える恐れがあるため、3月23日に英首相が会見で、suppression(抑制)法への方針転換(ソーシャル・ディスタンシング、ステイ・ホーム)を発表し、現在も継続している。
国民への基本メッセージは以下の通りである。
Suppression(抑制)法への方針転換に寄与したインペリアルカレッジが発表したソーシャル・ディスタンシングの必要性とその効果の予想が示された数理モデリングに関する論文とその代表的な図を【図表2】に示す。
4つの介入法(住民全体によるソーシャルディスタンシング、患者隔離、家庭単位の隔離、そして学校閉鎖)の組み合わせがもっとも有効と結論づけられた。
図表2 |
ソーシャルディスタンシングの介入による患者数への影響の数理モデリング |
https://www.imperial.ac.uk/mrc-global-infectious-disease-analysis/covid-19/report-9-impact-of-npis-on-covid-19/ より |
4つの介入法(住民全体によるソーシャルディスタンシング、患者隔離、家庭単位の隔離、と学校閉鎖)の組み合わせがもっとも有効と結論づけられたが、第一波を抑制できても今年冬に第二波が生じる可能性があることを示す。 |
有識者会議、専門家会議等も結成され(Scientific Advisory Group for Emergencies (SAGE)、New and Emerging Respiratory Virus Threats Advisory Group (NERVTAG)等)、方針等の科学的根拠も公表している(https://www.gov.uk/government/groups/scientific-advisory-group-for-emergencies-sage-coronavirus-covid-19-response)。しかしながら、専門家会議(SAGE)の透明性が不十分との批判があり、政治的介入の懸念もあることから独立した専門家会議も発足した(https://www.independent.co.uk/news/uk/politics/coronavirus-sage-dominic-cummings-david-king-a9496546.html)。
栄国の休職補償制度(Furlough)は、雇用主が申請する制度であるが、従業員の月収8割まで(最高額2,500英ポンド、日本円約33万円相当)まで休職補償が提供される。3月から開始され、6月分までの延長が現時点で決まっている(https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/881800/Coronavirus_Job_Retention_Scheme_step_by_step_guide_for_employers.pdf)。自動車の車検等も6ヶ月間の延長が決定した(https://www.gov.uk/guidance/coronavirus-covid-19-mots-for-cars-vans-and-motorcycles-due-from-30-march-2020)。
ロックダウンを解除する際の条件が課題である。現在2カ月弱が過ぎ、解除にあたり、以下の5つの条件を満たす必要があると政府から発表されている(https://www.gov.uk/government/publications/slides-and-datasets-to-accompany-coronavirus-press-conference-2-may-2020)。
5月10日に、感染制御の次のステップへの方針変更が示された。基本的には、それまでの方針と大差ないが、ステイ・ホームのメインメッセージがステイ・アラート(油断しないように)に変更された。ただし、スコットランド、ウエールズと北アイルランドは変更を採用せず、それまでのステイ・ホームのままにしたため、上記変更はイングランドのみとなった(https://www.theguardian.com/world/2020/may/10/nicola-sturgeon-leads-criticism-of-uks-new-stay-alert-coronavirus-lockdown-advice)。
英国の正式名称は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国であり、イギリスや英国は通称である。イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4地域(古くは独立した国)により構成され、ロンドンの議会が基本的に全領域を統治するが、地域毎に自治も認められている。例えば、NHSは地域毎に異なる組織であり、本稿はNHSイングランドについて主に記載する。
ステイ・アラートのメッセージ(具体的な内容)は以下の通りである。
5月10日に、英首相は今後のロックダウン解除に向けての政府方針を説明した。
まず、5段階の警告システムを設けると発表した。感染・伝播の再生係数(R値)によって警告レベルが決まり、ロックダウンの解除レベルまた引き締めもそれに応じて変更するとのことであった。ロックダウン解除も3段階に分けて順次進める計画も発表した【図表3】。
図表3 |
ロックダウン解除に向けた3段階の計画 |
第1段階として、在宅勤務が可能でない職種(建設業、製造業等)については、出勤を可能にした(ただし、公共交通機関を避けるべき)。また、5月13日から外での運動を制限なく可能にした(ただし、家族のみと一緒に可能)。
また、第2段階として、6月1日から一部店舗や幼稚園と小学校(最初は第1学年と第6学年のみ)の再開も発表した。
第3段階として、7月以降にホスピタリティ産業(接客業)を順次再開し、様子をみながら進めるとのことであった。入国者についての隔離措置も開始するとの発表もあった(ただしフランスからの入国者は隔離措置から除外)。
感染者・死亡者の第2波を防ぐことが課題であり、前述のインペリアルカレッジのモデリングでもすでに今後引き続き断続的かつ継続的なロックダウンの必要性について言及している(https://www.imperial.ac.uk/mrc-global-infectious-disease-analysis/covid-19/report-9-impact-of-npis-on-covid-19/)【図表4】。
図表4 |
ソーシャルディスタンシングの介入による患者数への影響の数理モデリング |
https://www.imperial.ac.uk/mrc-global-infectious-disease-analysis/covid-19/report-9-impact-of-npis-on-covid-19/ より |
介入解除により、患者増が繰り返されるため、集中治療の必要性に応じて、介入を間欠的に繰り返す必要があることを示す(青枠は追加ロックダウン)。 |
野戦病院(ナイチンゲール病院)を計5カ所に開設した(ロンドンで最大4,000床、バーミンガムで最大4,000床、マンチェスターで最大750床、ハロゲートで最大500床、ブリストルで最大300床)が患者数増加が抑えられたため、ロンドンのナイチンゲール病院の一時期の使用を除けば(計50例程度)、現在使われずに休止状態にある。ロンドンのナイチンゲール病院は人工呼吸管理が必要な症例、バーミンガムのナイチンゲール病院は回復期の症例等とそれぞれ役割が違った。
人工呼吸器は、当初30,000台が必要になると試算されたが、3月中旬時点ではNHSには8,000台しかなく、産業界に至急製造を依頼したが、予想ほど重症例が増えなかったことと、人工呼吸管理を必要とせずCPAP法・経鼻的持続陽圧呼吸療法が奏効した症例も多かったため、現時点では一部の追加製造のみが続けられている(https://www.theguardian.com/business/2020/may/04/the-inside-story-of-the-uks-nhs-coronavirus-ventilator-challenge)。
防護服(PPE)の不足は継続的な課題である。医療従事者用のPPE(防護服)の確保が十分でないことが問題化している。世界的な供給量不足にともなう争奪戦、さらに備蓄不足も重なり、恒常的なPPEの不足が続いている。
検査(PCR)体制と接触・追跡に関しては、4月末時点で一日約10万検体分のPCR検査が可能となった。また、5月までに一日約20万検体分のPCR検査まで検査体制を強化することを目指すと英首相が表明した(https://www.theguardian.com/world/video/2020/may/06/boris-johnson-aim-is-200000-coronavirus-tests-daily-by-end-of-may-video)。接触・追跡(contract tracing)のシステムとして、人的追跡と併用するスマートホンのアプリケーションが開発され、離島(ワイト島)において全住民に対する接触・追跡システムの試験運用が5月5日から始まった。ソーシャル・ディスタンシングと接触・追跡アプリを併用することにより、新規患者の抑制・感染伝播率の低下が見込まれると考えられている。
クチン開発は最優先課題として進められており、オックスフォード大グループではすでにヒトにおける初期臨床試験を開始した。同大グループは製薬企業大手アストラゼネカ社とも提携を開始した。
BAME(Black, Asian and Minority Ethnic、黒人、アジア人と少数派人種)の死亡率が高いことが注目されている。死亡率が約2倍高く(米国でも同様の傾向)、現在調査研究中である。
電話トリアージ体制の導入(専用緊急電話番号のシステムの設置)と外来閉鎖(電話診療への切り替え)、入院ベッド確保やスタッフの確保と配置換え、治療機器や治療薬の確保(治療薬を導入するための臨床研究を約一週間で整備)などのロジスティクスが迅速に動いた。NHSは全国規模の国管轄の公的な組織であるため、指示命令の系統的伝達や履行が可能であったと考えられる。
ロックダウンは感染をできるだけ抑え、医療機関や医療従事者への負担を軽減させる目的であるが、国民はその趣旨を理解しおおむね協力的だ。また、毎週木曜日夜8時に全国津々浦々で行われる拍手イベント、スーパーでの買い物優先枠、休校中も学校は医療従事者やキーワーカーの子どもは預かるなど、感謝と支援を示すことにも積極的で、王室や政治家、著名人もムードの形成に一役買っている。
英国では多くの慈善・寄付活動が行われているが、代表的な例として、退役軍人ムーア氏が100歳の誕生日を記念してNHSのために募金活動を行い、3200万英ポンド(日本円約42億円相当)の寄附金を集めた(https://www.justgiving.com/fundraising/tomswalkforthenhs)。
英国の研究費の2大ファンドであるNational Institutes of Health Research (NIHR)およびUK Research and Innovation (UKRI, UKRIは従来の個別ファンドBBSRC, MRC, EPSRC, AHRC, ESRC, NERC, STFC, Innovate UKが2018年に同一組織に統一された)が合同でCOVID-19関連の研究について、迅速審査を行っている状況である(https://www.nihr.ac.uk/funding/covid-19-rapid-response-rolling-call/24650)。
以下に代表的な臨床研究を示すが、承認を受けた臨床試験は次のNIHRのサイトで閲覧可能である(https://www.nihr.ac.uk/covid-studies/)。