武藤 真祐 | 医療法人社団 鉄祐会 理事長 |
COI: | 株式会社インテグリティ・ヘルスケア、株式会社地域ヘルスケア連携基盤 |
新型コロナウイルス感染症の第一波が収束しつつある。幸い日本は他国と比較すると、現段階では、感染者、死亡者はさほど多くない。
しかし、医療現場はなお厳しい対応に追われている。在宅医療・介護の現場も同様である。病院医療とは違う療養環境に起因する固有の課題に直面している。
当法人は在宅医療を中心に、都内に5カ所、石巻市に1カ所、計6カ所のクリニックと、訪問看護ステーション1か所を運営している。医師50名、看護師34名、総勢150名のスタッフで、年間、約1500名の患者を訪問し、200名の在宅看取りを担っている。
在宅医療を提供する通常のクリニックとは状況が異なるが、あくまでも我々が在宅医療の現場で直面した問題及びその解決策の考察を行う。
また、新型コロナ感染症の在宅医療・在宅療養支援に関するガイドラインは、すでに優れたものが関係学会、団体から発行されているので、ここでは重複する内容は記載しない。
メディア、SNSで毎日新型コロナの話題が取り上げられ、また近隣の医療機関で二次感染が起きたこともあり、日々スタッフの不安は増していった。
不安の内容は多岐に渡った。
このような不安の中で、組織全体の活力が低下し、職員は緊張により疲労感が増え、先行きを不透明に感じ始めた。
法人は、日本での流行が本格的に始まる1月下旬から、日本で流行した場合の対策、訪問診療の現場に与える影響の議論を開始した。
3月には10名の医師、看護師、管理部職員で構成される新型コロナ対策委員会を立ち上げた。これは情報取集、分析、発信、そして意思決定を一元化するためである。毎日昼にオンラインで議論をして、訪問時のマニュアル作成、ハイリスク患者群の定義やPPEの着用基準、休職・復職基準等を決定していった。またGoogle formで全職員からの相談を受けるシステムを作成した。些細な質問でも委員会で議論し、迅速に答えられる仕組みを構築した。
医療専門職よりも一般事務職の方が不安の程度が多いこと、また職種内でもかなり程度の差があることも院内アンケートから分かった。PPE着用の動画を作成し全員が見ることを義務付け、さらに全職員向けに定期的に感染症関係の知識テストを行い、きちんとした知識を身に着けて不安を減らすように試みた。各クリニックに、「感染防御戦士こびっと隊」と名付けた予防担当の看護師1名を任命して、職員の不安を現場でも解消している。
最後に些少ではあるが、4月にお見舞金と称して全常勤職員に一時金を支払った。これは不安な状況の中で勤務を継続してくれている職員への感謝の気持ちを表すとともに、実際に支出が増えている人もいたからである。普段以上にお互いに労わる、褒める、感謝することの大事さを法人から繰り返し発信し、自分を責める、他人を責めることのないように心がけた。
理事長である私からは、「きちんとした知識をもち、適切に恐れ、過度に反応しない」、「ベストを追求するのではなく、セカンドベストを多角的に組み合わせる」ことを職員にお願いした。
在宅医療では、発熱による往診依頼は頻繁にある。病状を評価し、在宅で検査、治療を行うか、または、病院へ搬送する。
しかし、新型コロナ感染症の拡大に伴い、発熱患者の対応は複雑になった。発熱や関連症状に基づき、新型コロナ感染症のハイリスク患者群を定義し、全患者・入居施設に、訪問の事前に電話で状況確認をした。ハイリスク患者群の場合は、フルPPEを着用して医師だけが訪問することとした。つまり、当法人では医師、診療補助者、必要時には看護師も同行して訪問するが、感染するリスクを取るのは可能な限り医師のみとした。
在宅医療クリニックに限らず、医療機関では濃厚接触者が院内で出た場合は2週間の休院を余儀なくされることがあり、医療提供継続や経営的にも大きな影響を受ける。そこで仮に職員が感染もしくは濃厚接触者となった場合、いかに診療を継続できるようにしておくかが重要となる。そのためにはマスク着用、手指消毒、換気などの徹底と共に接触を最大限減らすためにチーム毎に部屋を分け、医師は直行直帰とした。対面接触を基本とする訪問診療では、全員を在宅ワークにすることは不可能である。
そこで、個人の事情や希望に鑑み在宅ワーク、時差出勤、時短など多様な働き方を導入した。同時に出勤者と在宅ワーク者の不公平感が大きくなりすぎないような制度を設計し、時限的措置であることのメッセージを発した。
職員のコロナ感染を疑う場合の休職・復職基準を、世の中にあるガイドラインを参考にしながら作成した。ガイドラインはそれぞれで基準が違う場合があるので、上記の法人内対策委員で議論をして、在宅医療現場での常識と考える基準を委員会で採用した。
医師が患者の新型コロナ感染を疑った場合は保健所に相談をするが、その際に、保健所への連絡がつながらないことが多く、その後の対応に非常に難渋することがあった。今後、在宅患者のPCR検査の検体採取は、在宅医の判断で自宅や施設でも行えるようになることを期待している。同時に検体採取時や搬送時の感染リスクを軽減するために、鼻咽頭からの検体だけでなく、唾液検体を用いたPCR検査や代替検査の導入を早急に希望する。
普段から一定の量を備蓄しておいたが、当然このような事態を想定していなかった。
他の医療機関関係者と情報交換を密にし、購入できる機会を知り、高額であっても積極的に入手した。物品は全て一元管理をして、在庫の見える化と配給制を導入した。在庫や必要な量に合わせて配給量を調整し、決して不足しないように心がけた。職員には節約、再利用の奨励と適切な防護具着用の教育を徹底した。
これらの取り組みは職員の不安を減らすことに貢献したように感じる。
法人の感染対策や診療方針をまとめて患者、家族に配布した。
患者側にも速やかに発熱等の情報共有をお願いしたいこと、診療時はマスクを着用して欲しいこと、お茶を出すなどの配慮は遠慮したいなども記載した。
訪問看護ステーションや居宅介護事業所毎に発熱患者への対応がかなり異なった。事業所の多くは小規模であり、訪問クリニック同様に濃厚感染者が出ると、一時閉鎖の危険性がある。そこで、各事業所の感染対策を確認し、スタッフの気持ちを聞き、寄り添いながら当院との役割分担を決めて行った。
訪問看護は処置を伴うことが多く訪問医よりも訪問看護師の方が感染リスクは高い。
防護具の確保が十分ではないことがあり、当法人からは提携する200超の訪問看護ステーションに、わずかであるがサージカルマスクを寄贈させていただいた。
施設在宅では、入居者により主治医が異なる。このため施設で均一な感染予防や拡大時の対応をとることが困難な場合がある。施設管理者が感染対策に精通しているとは限らず、その場合には法人として、施設管理者、職員へのガイドライン共有、感染予防教育を積極的に行った。
連携する病院のなかには二次感染がクラスターとなり、外来、入院機能を停止したところもあった。
患者は通院や入院加療が不可能となり、在宅医療でカバーする範囲が増えた。しかし実際に入院精査が必要と思われる場合、特に発熱患者は搬送先を探すことが困難なケースもあった。
平時からの地域連携を、ICTも用いてさらに深化させるとともに、感染時に訪問医療、訪問看護、介護、施設介護の現場で、他事業者がサービスを代替できる、指示書の再発行を不要とする、対面前提のサービスの一部をオンライン化する、などの緊急措置が早急に実行できるように、法制度を整えておくべきである。
幸運なことに、現時点では、当法人の職員の陽性者はいない。
死亡患者は、入院して化学療法を行っている際に感染した1名である。それ以外の陽性患者はいない。
しかし、患者が陽性となり、在宅療養を強く希望した場合にどうするか、という大きな問題に今後直面する可能性がある。患者の自宅療養を認めるかは、自治体ごとに異なっている。
在宅患者の多くは最期まで自宅にいることを希望している。入院を希望しないにも関わらず入院隔離してよいのか。軽症の場合は在宅加療ができるかもしれないが、重症となった場合にも在宅で診続けてよいのか。家族・介護者の中には陽性が疑われても、患者の介護をする者が他にいないので、PCR検査を拒否する場合がある。もしも陽性の場合に介護者不在となるため、在宅患者はどこで療養生活を継続するのか。これらは医療倫理やACPとも関わる難しい問題である。
今後、家庭内クラスターが在宅医療・介護患者を中心に起こる危険性があるが、医療・介護界では議論がまだ十分なされていない。事例を積み重ね、検証を踏まえた深い議論が必要であろう。
新型コロナウイルス感染拡大による在宅医療・介護サービスへの影響と対策は、有識者会議のなかで別途記述されているので、この稿では在宅医及び在宅医療クリニック管理者として現場で起きた問題点や解決策を述べさせていただいた。
高リスクでかつ発熱や気道感染症状が日常的に起こる患者に対して、訪問・施設在宅医療や介護を行うことは、病院での医療とは異なる不安定かつ不確実な要素を多く伴う。
サービス提供者は必ずしも医療専門職ではなく、生活の場でのサービス提供は不安を増長させる。このような状況において大事なことは、スタッフの不安を取り除き、サービス提供者側が感染をしないよう最大限の対策を施し、患者、家族、連携機関にきちんと情報共有を行うことである。
また、平時からの法人内外における連携、信頼関係の構築、機動的な組織文化の重要性を改めて痛感した。
答えがなく刻々と変わる状況に対しては、指揮系統を一本化すること、あいまいな方針を立てないこと、迅速に判断すること、責任の所在を明らかにすること、あまり先を読みすぎないことが必要であることを学んだ。
最後に、在宅患者、家族が感染した際にどう療養生活を継続していくかは医療倫理的にも難しい問題であり、多くの関係者による集中的な議論の場の構築が望まれる。