早水 研 | 公益財団法人 日本ユニセフ協会 専務理事 |
COI: | 未確認 |
「今必要な対策を取らなければ、COVID-19危機は、『子どもの権利』の危機になる」。4月3日、世界中の大都市が続々とロックダウンや外出自粛を導入する中、ユニセフ(国連児童基金)は、世界190の国と地域で取り組むCOVID-19危機への対応の基本指針をまとめた「Agenda for Action」を発表し、第二次世界大戦後最大とも言われるこの人道危機に警鐘を鳴らした。
COVID-19が中国武漢で猛威を振るい始めたころから、子どもたちがこの新型感染症の直接の犠牲者になる可能性は低いと言われてきた。しかし、この危機がもたらす長期的な影響を最も強く受けるのは子どもたちであることが明らかになってきた。彼らがパンデミックの“隠れた犠牲者”にならないようにしなければならない【図表1】。
図表1 |
COVID-19の社会生態学的影響 |
新型コロナウイルス(COVID-19)は、子どもが育つ環境を破壊する。家族、友人、日々の習慣や地域社会との断絶は、子どもの健康や発達、そして暴力や搾取からの保護に悪影響をもたらす。加えて、COVID-19を予防しコントロールするための手段(例えばロックダウンや外出自粛など)も、子どもの心身の健康を脅かすことが危惧される。 |
出展:“Technical Note: Protection of Children during the Coronavirus Pandemic”(The Alliance for Child Protection in Humanitarian Action) |
COVID-19は、多くの人命を奪い、猛威を振るった国々の医療保健体制を崩壊の危機に陥れた。と同時に、世界中で多くの家庭を日々の生活を維持することさえ厳しい状況に追い込み、教育をはじめ、子どもたちの心身の健康な発達に不可欠な社会サービスの機能を麻痺させている。紛争、貧困や虐待・暴力の影響を受ける子どもたちなど、パンデミック以前から最も脆弱な立場に置かれていた子どもたちは、既存の支援制度から切り離され、さらに大きなリスクに直面している(特記されているものを除き、本年5月初旬現在の数値・情報)【図表2】。
図表2 |
世界の学校閉鎖や休校措置の影響 |
出展:“How COVID-19 is changing the world: a statistical perspective”(Committee for the Coordination of Statistical Activities) |
学校給食をその日唯一の食事にしている子も少なくない中、学校の閉鎖・休校にともなう給食の中止が、143か国の3億6850万人にのぼる子の栄養と健康状態に深刻な影響を及ぼすことが懸念される。
世界の5歳未満の子のうち、4700万人にのぼると推計される急性栄養不良の消耗症に苦しむ子の命を支える取り組みが、パンデミックにより困難に直面している。
パンデミックのため、多くの国で予防接種キャンペーンが中断されている。はしかワクチンの投与を受けられなかった子は、4月14日時点で、37か国の1億1700万人以上にのぼったと推計されている。近年、はしかの流行が報告されている日本を含む先進国の子どもたちも、同様の脅威に晒されている。
世界人口の40%にあたる30億人は、自宅で石鹸と水で手を洗うことさえできない。この人たちにとって、COVID-19の感染拡大を防ぐ最も基本的で効果的な対策は手の届かないところにある。
図表3 |
自宅で手洗い出来る人口の割合と、主な感染症による5歳未満死亡の傾向 |
出展:“How COVID-19 is changing the world: a statistical perspective”(Committee for the Coordination of Statistical Activities) |
国内避難民(1,700万人超)や難民(1,270万人)、亡命申請者(110万人)など、家を追われて移動している3,100万人もの子どもには、医療などの支援が十分に届いておらず、手を洗うことをはじめCOVID-19から身を守る手段を持たない。バングラデッシュのロヒンギャ難民キャンプでも5月にCOVID-19が初めて確認され、「3密」のキャンプでの急拡大が懸念されている。
パンデミックにより貧困層が増えて、学校が休校になり、社会サービスの利用可能性が低下すると、さらに多くの子どもが働かなければならなくなる。授業が再開したとしても、一部の親は子どもを学校に通わせる余裕がなくなっている場合もあり、その結果、多くの子どもが搾取的で危険な仕事を強要されるおそれがある。ジェンダーの不平等がさらに深刻化し、特に女の子は農業や家事労働において搾取される可能性が高くなる。
テレビやラジオを使った遠隔教育やオンライン教育が一部で実施されたが、所得格差とデジタル格差が、子どもたちから学ぶ機会を奪っている。世界全体でテレビの保有率は、都市部73%、農村部38%。インターネットにアクセスできる世帯は、半数に満たない【図表4】。
図表4 |
家電製品等世帯別保有率と、過去1か月間に保護者等から暴力的な躾を経験した1-14歳の子の割合 |
出展:“How COVID-19 is changing the world: a statistical perspective”(Committee for the Coordination of Statistical Activities) |
子どもたちへの暴力リスクが高まっている。1-14歳の子10人中8人、2-4歳の子の4人中3人が、保護者から言葉や身体的な暴力を受けていると推定されてる。また、パートナーなどによる女の子や女性への身体的・性的暴力のリスクも高まっている。
パンデミック以前の社会生活から切り離された子どもたちの生活がいっそうオンラインに移行する中、何百万人もの子どもたちにオンライン上のリスクが高まっている【図表5】。
図表5 |
子どもたちへのパンデミックの影響 |
子どもたちへのパンデミックの影響は、子どもたちの一生を大きく左右しかねない。しかし、私たちが力を合わせれば、COVID-19が、社会や経済の持続可能な発展に対する脅威とならないようにすることも可能である。
MDGsからSDGsの20年あまりにわたる国際社会の取り組みは、基礎的な医療や保健、栄養、水と衛生、教育、暴力や搾取からの子どもの保護などの分野で着実に成果を上げてきたし、そうした基本的な社会インフラの強化が、パンデミックによって引き起こされる被害を軽減するために必要であることは明らかである【図表6】。
図表6 |
「普遍的初等教育の達成」「乳幼児死亡率の削減」「安全な水へのアクセス」の分野では、MDGsの15年間で特に目覚ましい進展があった |
出展:“Progress for Children – Beyond Averages: Learning from the MDGs” (UNICEF) |
だからこそユニセフは、むしろこの機会に、パンデミック以前の状況よりも、日本や先進国を含めて世界中の子ども一人ひとりにとってより良いものにできると考えている。そのために、より良い「未来への投資」を止めてはならない。引き続き、各位のご支援、ご協力をぜひともお願いしたい。