横田 裕行 | 日本体育大学大学院 保健医療学研究科長 教授 |
小豆畑 丈男 | 日本大学医学部 救急医学系救急集中治療医学分野 診療教授医療法人青燈会 小豆畑病院 病院長 |
照沼 秀也 | 医療法人社団いばらき会 理事長いばらき診療 所長 |
COI: | なし |
国内における新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の急速な拡大に伴い、令和2年4月7日に7都府県に対し緊急事態宣言が発出され、同4月16日にはその対象が全国に拡大された。このような中、同4月9日に日本救急医学会と日本臨床救急医学会は両代表理事声明として[1]、救急医療の危機を強調した。すでに新型コロナウィルス感染症の蔓延期ともいえる現在、個別の診療科や感染症だけを扱う医療機関だけではなく、地域のすべての医療体制に大きな影響を及ぼしている。特に、高齢者や身体的な合併症を有する患者が主たる対象となる在宅医療や介護の現場においては深刻な事態が明らかになってきている。また、これらの患者に救急医療の提供が必要となった時、特に発熱や呼吸器症状を呈した時の救急対応が困難となっている事例が多発している。
一方、いわゆる3密(密閉、密集、密接)といわれる環境の中で業務をしている在宅医療や介護医療の医療スタッフの在り方関しても解決すべき問題が山積している。超高齢社会を支える地域包括ケアの根本を揺るがせかねない現在の状況を早急に解決すべく、我々は以下のようにその背景を示し、その解決案を提案する。
超高齢社会の中で地域包括ケア構想が進行し、在宅療養や介護医療の必要性や重要性が認識されている。
内閣府の統計によると平成27年(2015年)で65歳以上では要介護度認定が600万人を超えている[2]。介護保険制度における要介護又は要支援の認定を受けた人数は、平成27(2015)年度末で606.8万人となっており、平成15(2003)年度末(370.4万人)から236.4万人増加している【図1】[2]。
図1 |
第1号被保険者(65歳以上)の要介護度認定者数の推移、内閣府[2] |
内閣府の統計によると平成27年(2015年)で65歳以上では要介護度認定が600万人を超え、増加傾向が続いている。 |
一方、在宅医療や介護に携わる医療スタッフやその家族のために患者が急変した時の対処法に関して厚生労働省研究班は理解しやすいリーフレットを作成している【図2】[3]。
図2 |
在宅や介護施設での医療アクセス判断(厚労省研究班報告書から) |
医学的知識が十分でなくても適切な判断ができるように縦軸は対象患者への接触機会の頻度、横軸は対象患者の様態としている。 |
実際、平成31年3月1日に厚労省から公表された平成29年(2017)患者調査の概況によると[3]、在宅医療を日常受けている患者の中で、平成29年10月のある一日に受診した推計外来患者数は約18万人であり、その数は平成20年から急速に増加し増加し【図3】[4]、今後もさらなる増加が見込まれている。
図3 |
在宅医療を受けた推計外来患者数の年次推移[4] |
在宅医療を日常受けている患者の中で、平成29年10月のある一日に受診した推計外来患者数は約18万人であり、その数は平成20年から急速に増加し増加している。 |
このような現状の中で在宅医療や介護サービスを受けている患者が急性増悪し救急医療が必要となった場合、救急医療機関への入院が必要な事態が発生する。在宅医療や介護サービスを受けている患者の急変では、発熱や呼吸器症状の増悪が多い。しかし、新型コロナウィルス感染症の拡大を背景に、救急医療機関への受診が困難な事態が多発している。すなわち、発熱や呼吸器症状等で入院を必要とすると判断された場合、昨今の国内状況を踏まえると新型コロナウィルス感染症疑い患者としての対応が求められるからである。入院が必要と判断される新型コロナウィルス感染症疑い患者では院内感染防止のために個室での入院管理が必要となる。一方、診断に必須であるPCR検査の結果は現在でも結果が判明するまで約2日、時に数日を必要とする。そのため、救急医療機関での効率的な病床利用が困難となり、発熱や呼吸器症状を有する救急患者の受け入れ医療施設がない事態となる。以上の結果から、在宅や介護施設で療養している患者が急変した場合の対応が困難となっている。このような場合の対応として、在宅や介護施設で療養している患者が急変した場合では、PCR検査の優先と迅速化が必要となる。また、新型コロナウィルス感染診断のための迅速検査キットの開発と導入を早急に行うべきである。
ちなみに、東京消防庁管内では救急医療機関選定に20分以上、あるいは5か所以上の医療機関選定にもかかわらず医療機関の選定ができない場合をいわゆる東京ルールと呼称しているが、3月中旬から下旬まではその数は一日当たり20件から40件で推移していたが、4月になって急激に増加し、4月中旬以降は一日当たり100件を超える日も認められている。特に、発熱等の症状で東京ルールになった事例は4月から急増し、4月19日には83件にも及び、中には100件以上の医療機関に搬送を断られ、ニュースになった事案も発生している。このような中に在宅や介護施設から発熱や呼吸器症状で救急車要請を行ったにも関わらず、東京ルールとして医療機関選定に困難を要した例が少なからず存在するものと考えられ、このような場合の対応が求められている。
また、在宅療養している患者の介護者が新型コロナウィルスに感染した場合の対応も、介護者が不在となると患者は日常生活が不可能となり、患者を施設に入所するなどの緊急措置が必要となる。しかし、現時点においてそのような患者の入所を認める施設は存在していない。現在、このようなケースは大きな問題になっていないが、在宅医療や介護サービスに関わっているスタッフや当事者にとって解決すべき大きな問題である。介護者が新型コロナウィルスに感染した場合、在宅医療や介護サービスを受けている患者への対応を早急に考慮する必要があると考える。
さらに、在宅医療や介護医療に関わる医療スタッフの問題も深刻である。マスク、手袋やガウンなどの感染防護具が十分供給されない中で、いわゆる3密(密閉、密集、密接)といわれる環境の中での業務は至急改善をしなければならない。また、在宅医療や介護サービスの現場では一人の患者や対象者に、様々な組織やスタッフが関与するため個人情報の保護を前提に十分な情報共有を行う体制構築も併せて必要である。
一方、新型コロナウィルス感染症拡大に伴って在宅医療や介護の現場ではサービス低下も深刻な問題である。在宅医療や介護サービスを受けている患者は何らかの基礎疾患を有しており、「新型コロナウィルスに感染したら死亡するのではないか」という医療者からは想像できないほどの恐怖心を抱いている。また看護師や介護士を介して感染するのではないかという恐怖心から訪問車が石を投げられるなどの事例も発生している。このような理由で、看護・介護・リハビリサービスの停止例も発生している。
在宅医療や介護医療に関わる医療スタッフに関しても課題が存在する。在宅医療や介護医療に関わる医療スタッフは、その知識や技術がまちまちで、医療機関のスタッフに比較すると感染予防、標準予防策教育が必ずしも十分ではない。在宅サービスを行う事業所においては感染予防策が十分に取れないところも多い。それに対して患者側からの非難、医療スタッフの感染に対する不安などからサービスを一時中止している事業所が増えている。以上のような状況のもとに適切な在宅看護・介護サービスを受けていない患者が急増している。
これらの状況が長期化すれば、在宅医療や介護サービスの質の低下は免れず、病状の悪化をきたし、救急医療を必要とする患者がさらに増加することになる。
したがって、在宅医療、介護サービスの医療スタッフに対する感染予防、標準予防策教育の徹底と必要とされる感染防護具の安定的な供給が必要と考える。
以上のような背景と現在の状況を踏まえ、私共は以下に記載するような対策や体制構築を提言するものである。
感染爆発、それに伴う医療崩壊を防ぎ、そして感染後のリスクが高いといわれる高齢者や身体的な障害を有する在宅医療、介護サービスを受けている患者やそれを支援する医医療スタッフのために、私共は以下の緊急提案をする。
新型コロナウィルス感染症の感染拡大に際して在宅医療や介護サービスの提供を受けている高齢者、あるいは身体的障害を有している患者は最も高リスクを有する集団である。このような新型コロナウィルス感染症に対する弱者、そしてそれを支援する医療スタッフに対して適切な対応、体制構築をすることはさらなる感染拡大を防ぎ、我が国における感染爆発の回避に大きく寄与すると確信するものである。