大槻 マミ太郎 | 自治医科大学 副学長 |
COI: | なし |
開学以来一貫して全寮制をとっている本学医学部では、学生寮に集団感染が生じて“クルーズ船”になってしまうリスクが想定されることから、新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大は開学以来の危機という声も多数聞かれるようになった。それは、初めて経験する寮閉鎖の議論だけでなく、本学の教育の最大の特色である院外(海外も含む)臨床実習が実施できないという影響も計り知れず、また一部の学生からはSOS的な問いかけもあって学生自治会の中でも意見が割れ始め、全学生を本学キャンパスに留め置くことの意義が問われかけていた。
そのような中で、われわれがとった対策の中で最も特徴的なものは、全学生への帰省勧告、その後比較的速やかに開始した段階的帰寮、そしてその間に教職員一丸となって対応したメディア授業コンテンツ作成であり、その中には臨床実習代替教材の作成(Moodle上の仮想臨床実習)も含まれる。
本学医学部では2019年度末より、卒業式の縮小開催や謝恩会の中止、そして2020年度の入学式も縮小開催するなど、COVID-19感染予防に配慮した対応を行ってきた。しかしながら、新年度すなわち4月に入ってからのCOVID-19の急激な感染拡大に伴い、寮生活をする学生の間でも不安が高じつつあった。
これらの背景を踏まえ、また4月7日の首都圏を中心とする7都府県に対する政府の緊急事態宣言発出を受け、4月9日にまず授業、実習、臨床実習を含む対面型の授業等をいったん中止するとともに、2週間の準備期間をとって全てメディア授業(eラーニング)に移行することとした。
刻々と変化する予断を許さない状況の中で、4月13日全学生に対し、全国への感染拡大前に各都道府県への一時帰省を促す勧告を学生寮指導主事から発出するとともに、その翌日(4月14日)に副学長を座長とする医学部新型コロナウイルス対策関係者会議(以下、対策関係者会議と略記)を発足させた(以後毎週月・木の2回定例で開催し、9月17日現在まで43回を数える)。2日後の4月16日には緊急事態宣言が全国47都道府県に拡大されている。
感染拡大時期の学生の全国帰省については議論があり、問合せも少なからず寄せられたが、公共交通機関を回避する自家用車での移動推奨を含め、帰省中の注意事項を詳細に明示して帰省を促し、ゴールデンウィークまでにほぼ帰省が完了した。その後は、メディア授業のコンテンツ作成とその実施が追いかけっこのような状態ともなったが、臨床実習も含め全学年でeラーニングが進められることとなった。
なお、上記の対策関係者会議は教務委員会、学生寮指導主事会、学生委員会等と密に連携するとともに、医学教育センター、情報センター、保健センター、感染制御の専門家も参画し、また重要な問題は学長が座長を務める自治医大全学の(さいたま医療センター含む)新型コロナウイルス感染症対策本部会議でも議論されることとなった。
緊急事態宣言をはじめとする対策によって、国内の流行が沈静化することが期待されたが、感染は持続し長期化が懸念されることとなった。その後、COVID-19についての知見が増え、3密回避による予防策や新しい生活様式も提唱される中、5月25日に緊急事態解除宣言が発出されるに至った。国内外の状況も踏まえ、大学は今後COVID-19感染症のリスクと共存して機能を維持する、いわゆる「with コロナ」を見据えた方針へ舵を切ることになる、と判断した。
もともと医学部においては、カリキュラムの特性上、メディア授業では補いきれない実習・演習(低学年)や、BSL(Bed-side learning)と呼ばれる臨床実習(高学年)があるため、夏休み明けから全学年に対面型講義および臨床実習を再開できるよう、対策関係者会議及び教務委員会で慎重に議論を重ねた。
その結果、国内で開発されたウイルス核酸検出検査(LAMP法)を実施しながら、いったん帰省させた学生を低学年から(2学年、1学年の順)段階的に帰寮させることを決定し、実際に検査で陰性を一人一人確認したうえで全帰省学生の帰寮、8月末の6年生の卒業試験実施、そして2学期からの対面型学修再開に至っている。
さて、以下に各論として教務関係、学生寮関係等に分け、より詳細な経過と対応を紹介する。
上述したように、4月9日から対面型の講義、実習、BSLを中止、メディア授業を行うための環境整備を行い、4月23日からすべての講義・実習をメディア授業に移行した。4年生以上で新学期に始まっていた臨床実習については、実習用のコンテンツ作成を各科に依頼し、それが準備できるまでの短期間は講義用メディア授業で代替することとした。
各講座・医学教育センターにおけるメディア授業用コンテンツの作成に向けての説明会を計15回、また双方向授業のためのWeb会議システム導入に向けてのBigBlueButtonの説明会も情報センターにて開催したほか、教員・学生の要望への対応としてMoodleのカスタマイズも行った。
帰省先においてメディア授業を受講する環境が整っていない学生に対しては、端末、モバイルWi-Fiルーターを貸与し、貸与数はPC 1台、iPad 4台、Wi-Fi 37台に上った。
5月11日からBSLについてもメディア授業を開始した。1学年及び2学年は、6月22日から試験的に小グループ単位の演習を開始、6月29日からメディア授業を併用して講義・実習を再開した。3学年は8月21日、4月年は9月3日、5学年は8月24日、6学年は8月24日から一部メディア授業を併用し、対面型の授業、試験を再開している【表1】。6学年についてはタイトなスケジュールの中、8月末に組まれていた卒業試験を予定どおり実施できた。
表1 |
学生の帰寮日と授業再開、夏期休暇 |
なお、メディア授業に対する学生のアクセス状況については、情報センターが管理し、対策関係者会議において情報共有している【図1〜3】。
図1 |
学年別アクセス数の月別推移 |
月間アクセスログは9月17日現在までの数値を示しており、ログは小テストの実施や動画閲覧などに絞っている。多い時は各学年で月間10〜20万件のログになっているが、単純計算として1学年120人 x 1日5コマ x 2(小テスト、動画視聴各1回)x 20日で24000件なので、小テストや動画視聴を2〜3回ずつやっていると想定すれば10万件前後の数値は想定内と判断される。 |
図2 |
1日24時間のアクセス数の推移 |
1日の時間別アクセスログは、いずれも水曜日からピックアップしたもので、3月11日は5学年のシミュレーション実習がeラーニングとなった時期、6月3日はメデ日付のピックアップはいずれも水曜日で、3月11日は5学年のシミュレーション実習がeラーニングとなった時期、6月3日はメディア授業の真っ只中、9月16日は対面授業開始後である。コロナ禍においてMoodleの利用が急増したことは明らかで、帰省中は深夜帯でも一定数のアクセスがあったが帰寮後はほぼなくなったことから、帰省中は日中に学習しづらい環境の学生も一定数いたものと推察される。さらに、朝起床後の健康管理を義務付けているため始業直前でのアクセス増加が一定数みられる一方、夕刻以降も一定数のアクセスが継続していることは、課題の量が対面授業再開後もそれなりに存在していると読み解ける。 |
図3 |
1日24時間のアクセス数(学年別・成績不良者含む:2020年6月16日) |
6月16日の時間別アクセス状況では、成績不良者のログの割合が、他の学年別及び全学年ログと比べて深夜帯でやや増加していることが確認できた。 |
本学では厚生労働科学研究の一環として、動画・音声・Moodleを用いた実践知識の補強を目的とした臨床実習代替教材の作成に取り組んできたことが今回功を奏する形となったが、コロナ禍の中で、特に臨床推論や視診・聴診,診療録の記載といった内容がMoodle上で仮想臨床実習として体験・学習できることが示された。
メディア授業は、視覚への負担や学習状況が見えにくいというデメリットがあるものの、各々のペースで学習ができ、予習・復習がしやすいというメリットがある。学生全学年および教職員にアンケート調査を行ったが(学生アンケートの結果のみ【表2】に示す)、総合的に考えて、コロナ禍の終息後もメディア授業の長所を活かし、対面との併用による学習効果・効率向上をねらうことが望ましいと考えられる。
表2 |
メディア授業学生アンケートまとめ |
赤字は項目の中で最多であった回答を示す。 |
なお、本学において看護学部で既に導入されており、今回コロナ禍で医学部でも取り入れたBBB(BigBlueButton)は、Moodleと同様にオープンソースとして開発されたWeb会議システムで、Zoomのように専用のアプリは存在せず、すべてブラウザ上で動作するものである。Moodleにログインした後、Moodleに設置されたBBBへのリンクをクリックするだけで利用可能で、この際Moodleログイン時の情報をもとにBBBを利用することになるため、利用者のログを追うことが容易である。逆に、Moodleのアカウントを有さない者はBBBにアクセスすることができないため、セキュリティ面の安全性も担保されている。
学内の感染者が発生した場合はメディア授業に移行できるよう、引き続きメディア授業用コンテンツ作成を促すとともに、メディア授業コンテンツ作成ガイドの作成、栃木県内新規患者数に基づく県の基準を取り入れた本学医学部COVID-19対応表【表3】の作成、対応表に即したBSLガイドライン作成及びその随時更新を行った。他にも、登校時及び教室・実習室の3密回避のための対応(教育研究棟の北側入口の開放、教室収容人数を50%以下へ)、教室収容人数の見直しに伴う整備(2つの大教室を利用して1つの講義ができるよう映像及び音声の連結工事を実施)も行った。
表3 |
医学部COVID-19対応表 |
実際、2学期が始まり、講義は1〜3学年及び6学年については対面中心、臨床実習が集中する4・5学年についてはメディア授業中心とし、対面とメディアを併用する形で行っている。BSLについては、COVID-19対応ガイドラインにおいて、同時に1人の患者に接する学生、診察室や手術室に同時に入室できる学生をいずれも2名までに限定したため、同じグループにいながら臨床現場で実習できない学生に対しては、各科で作成した仮想臨床実習教材やクルズス教材を代替として用いる分散型学習を並行して行っている。
なお、9月3日に本学附属病院救急部職員のCOVID-19感染が明らかになった際、数日間(最長1週間)一時的に院内の臨床実習(BSL)をメディア授業に移行する措置がとられ、濃厚接触者を含む112名のPCR陰性確認を待って、臨床実習をスムーズに再開することができた。
既に述べたように、集団感染という大きなリスクを回避すべく、原則として一時帰省を促進した結果、Wi-Fi環境等の理由による寮内残留者は結局15名に留まった。在寮生に対する感染防止対策として、不要不急の学外への外出自粛を促したほか、一部のラウンジや勉強室の使用禁止、時間差を設けた入浴、門限時間の変更(23時から21時へ)などを指示した。
帰寮前にMoodleを利用した健康チェック(毎日の体温入力等)を行い、帰寮日にはLAMP法によるウイルス核酸検出検査を実施した。検査会場の関係で1、2年生は陰性が確認されるまで体育館待機、3~6年生は学生寮自室待機とし、陽性者が出た場合に備えて学生寮外に居室を確保した(臨泊室を充当)。帰寮時期は、学年ごとに日時を設定し午前3グループ、午後4グループに分けて帰寮させ、検査で全員の陰性を確認できた【表4】。
表4 |
帰寮に伴うLAMP法実施日と実施件数 |
感染拡大防止のため、「学生寮内外における新生活の指針」を策定し、状況の変化に応じて内容を更新している。また、学生寮指導主事による指針の説明会を帰寮後学年ごとに実施している。指針には、学外での飲食を伴う会合の禁止、飲食は学生食堂、コンビニ、テイクアウト及び自炊を基本とすることをはじめ、700人以上の全寮制という事情も考慮し、学生にとっては厳しい内容が盛り込まれている。
感染拡大防止のため、政府が推奨する接触確認アプリ(COCOA)のダウンロードを全教職員に対して要請するとともに、全学生に対しても同じ通達を行った。
帰省学生からも在寮学生からも相談を受けられるよう、4月10日に相談窓口を設置し、学生生活支援センター各教員のメールアドレスとともに、学生課及び学事課教務係の各担当窓口の電話番号を全学生に通知した。
6月8日から11日の4日間、帰省せず学生寮に留まらざるを得なかった学生全員を対象に、学生生活支援センター教員が学生寮において個別面談を実施した。
6月2日から、学生に毎日Moodleに体温を含めた健康状態を入力することを義務づけた。入力状況については対策関係者会議で情報共有している。
学内施設(体育施設含む)の利用方法、アクティビティの実施方法及び学友会サークルの活動方法についての指針を作成し、状況の変化に応じて内容を更新している。また、9月からのサークル活動再開にあたり、各サークルから「活動計画書」を提出させ、対策関係者会議で内容確認のうえ承認、活動を許可している。
自治医大には卒後指導に関わる都道府県単位の教員がおり(先輩の卒業生が大部分を占める)、いわゆる県人会という組織も構築されている。学生と顔の見える関係にある都道府県担当教員から学生にメール等で声かけを行い、生活等の状況を把握するとともに、個々の相談にも応じてもらうよう要請し、共有すべき質問や対応策は対策関係者会議でも取り上げられた。
本学ではもともと卒業後の僻地赴任を含む勤務年限を全うすることで修学資金が基本免除されることになっており、寮費も最低限で賄っているため更なる減免措置は行っていないが、貸与型奨学金の増額については希望者への対応を行った。
本年度、大学のホームページに「対面型授業・臨床実習(BSL)について」、「学生生活について」、「学生寮について」、「学生支援について」の項目で状況の発信を開始し、その後「COVID-19感染防止に係る本学の対応について」というタイトルで一本化した。
これまでHP上に公開した指針・ガイドラインとしては、「学生寮内外における新生活の指針」、「大学内でのソーシャルディスタンスを保った新しい社会の生活ルール」、「BSLのCOVID-19対応ガイドライン」、「学内施設使用および学友会サークル活動の指針」などがあり、他に「感染した学生が発生した場合の対策マニュアル」も策定している。
なお、医学部だけでなく、看護学部、医学研究科、看護学研究科を含めた本学(大学)全体としての対応のまとめは【表5】のとおりである。
表5 |
自治医大全学におけるCOVID-19対応まとめ |
開学以来の未曾有のピンチをここまで乗り切ってこれたのは、全教員および事務職員が一丸となって取り組んだ賜物である。代替となるメディア授業については、これまでの医学教育センターを中心とする本学独自の医学教育への取組みの蓄積が功を奏する形となった。私自身が音頭をとる対策関係者会議では、週2回朝8時45分から毎回1時間以上に及ぶ議論において、様々な意見や提案を取り入れ、個々の学生からの問合せや訴えにも対応しつつ、学生全員が医学生としての自覚を持って感染予防に配慮した学生生活を送りながら学業に勤しむ場を保証できる最良の方法は何か、日々知恵を絞ってきたことには大きな意味がある。
対策者会議の他にも、教務委員会、学生寮指導主事会、学生委員会、BSL連絡協議会などの様々な場において議論は行われ、学業と両立する感染対策を模索、議論、判断した成果ともいえる。医師国家試験合格率8年連続全国1位を支える医学教育センター長の岡崎仁昭先生、日本ムードル協会会長でもある情報センターの淺田義和先生は、本有識者会議HPにも「コロナ時代のオンライン医学教育」というタイトルで別の寄稿をされているが、お二人を含む対策関係者会議のメンバー、そして全教職員に対して副学長として深謝申し上げたい。
学生についても、本学のアドミッションポリシーにある「医療を通じて地域社会のリーダーを目指す」を成就すべく、全都道府県から集結した(in)地域医療に熱い志をもつ仲間が、全都道府県に散らばって(out)地域実習を行えるのが本学最大の特色といえるが、その基盤ともなっている全寮制を崩壊させかねない危機を前に、一斉帰省(out)と帰寮(in)を困難な状況の中で比較的短期間に実行することに(多少の不満はあろうとも)しっかり協力し、他の医学部よりも厳しい戒律を遵守しつつ難局を乗り越えてきたことについて、あらためて全員に感謝せねばなるまい。
COVID-19の感染状況はなお予断を許さないが、今後は学生の声にも耳を傾けながら、規律緩和も慎重に考慮してwith コロナ時代に順応すべく、全学として最大の努力をしていきたい。