松永 展明 | 国立国際医療研究センター病院 AMR臨床リファレンスセンター 臨床疫学室長 |
斎藤 翔 | 同 国際感染症センター 医師 |
大曲 貴夫 | 同 国際感染症センター センター長 |
COI: | なし |
2019年12月から中国の武漢市で新型コロナウイルスによる肺炎の集団発生が確認され、今もなお世界中で猛威を振るっている。新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)については、臨床経過・臨床像に関する検討はまだまだ十分になされていない。そしてその重症化率、致命率などの情況は時間とともに変化していく。行われる治療も短期間で変化しており、これが患者の予後に与える影響も無視できない。このような情報を可能な限りリアルタイムに把握し、その結果を公衆衛生の現場、医療現場に直接に還元していくことで、COVID-19に資することが出来る。これら理由から、本邦のCOVID-19の入院症例に関する臨床経過・臨床像を明らかにするための仕組みとして立ち上げられたのが、新型コロナウイルス感染症入院症例レジストリ(COVIREGI-JP)である(https://covid-registry.ncgm.go.jp/)【図表1】。
図表1 |
COVID-19レジストリ研究Webサイト |
COVID-19レジストリ研究の情報公開および参加施設向けに症例登録受付・情報提供をしている。 |
本研究は、厚生労働科研費(課題名: COVID-19 重症患者等に係る臨床学的治療法の開発、研究開発代表者: 国立国際医療研究センター 大曲 貴夫)を用い、国立国際医療研究センター倫理審査委員会の承認(承認番号NCGM-G-003494-0)を受けて実施している観察研究である。個人情報保護のため、電子カルテより個人情報を含まないデータが登録され、当該データを研究に使用すること等について、ホームページでの情報公開を行い、被験者が拒否できる機会を保障することで同意に代えている。
2020年3月より研究開始した。症例報告書の構築と並行し、電子症例登録体制を整え、4月にWebサイトを公開した。2020年5月には登録数は1000を超え、2020年11月30日時点で17,197例ものデータが集積し、その解析結果を行政・自治体へ情報提供および学術誌へ報告している【図表2】。
図表2 |
新型コロナウイルス感染症入院症例レジストリ沿革 |
COVID-19において、治療として薬剤投与された場合を含め、登録症例について既存資料としての診療情報を収集している。ISARIC (International Severe Acute Respiratory and Emerging Infection Consortium)での収集データを改変し(https://isaric.tghn.org/covid-19-clinical-research-resources/)、日本国内での臨床疫学的情報や治療に関するデータの収集を可能とするためのCRF (case report form)を作成した。基本情報・人口統計学的情報・疫学的情報、入院や治療に関する臨床情報、感染症学的情報を中心に作成され、状況に合わせ報告書の改訂を行っている【図表3】。
2020年7月の時点で入力が完了していた2638例を対象として疫学的特徴を検討した。入院患者の年齢中央値は56歳(四分位範囲[IQR]:40~71歳)であった。症例の半数以上が男性であった(58.9%、1542/2619)。症例の60%近くがCOVID-19の確定例または疑い例と密接な接触をしていた。入院までの症状の持続期間の中央値は7日(IQR:4~10日)であった。併存疾患は高血圧(15%、396/2638)と合併症を伴わない糖尿病(14.2%、374/2638)が最も多かった。非重症例(68.2%、n=1798)は入院時の重症例(31.8%、n=840)の2倍であった。入院時の呼吸支援は、酸素支援を受けていない者(61.6%、1623/2636)、次いで補助酸素を受けた者(29.9%、788/2636)、IMV/ECMO(機械的換気または体外膜酸素療法)を受けた者(8.5%、225/2636)であった。全体では66.9%(1762/2634例)の患者が自宅に退院したが、7.5%(197/2634例)が死亡した。他国の既存の入院患者を対象とした研究と比較すると、併存疾患が少なく、死亡率が低い傾向にあることが示された[1]。
日本国内での第1/第2波の比較研究を行った。対象は5194例(第1波3833例、第2波1361例)であった。入院時の重症患者の割合は第2波では第1波に比べて少なく(12.0%対33.1%)、発症から入院までの期間も第1波に比べて短かった(中央値、4日対7日)。第2波患者は、年齢が若く(年齢中央値、37歳対56歳)、他院からの転院が少なく(3.8%対15.0%)、心血管疾患(1.9%対5.9%)、脳血管疾患(1.8%対6.1%)等の併存疾患が少ない傾向にあった。死亡率(1.2%対7.3%)も第2波では低かった。第2波のデータは、人口統計学的に若く、併存疾患が少なく、入院時の重症患者の割合が低く、死亡率が低下していることを示している。しかし、年齢と入院時の重症度を層別化しても、第2波では死亡率が低かった。これは、発症から入院までの期間が短かったこと、患者の背景や併存疾患の違い、治療法の進歩などが要因と考えられる[2]。
2020年8月24日開催の厚生労働省新型コロナウイルス感染症アドバイザリーボードにて同日時点での入院患者の疫学的所見の概要を示すと共に、6月5日以前の登録例と比較し6月6日以降の登録例では入院時の重症度および致命割合共に低下傾向にあることを示した。
2020年11月9日開催の第41回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会「新型コロナウイルスワクチンの接種順位等について」へ補助資料を提供した。COVID-19患者のリスクにおいて、国内の知見を記述した。60歳以上の方は60歳未満の方と比較して、押し並べて死亡リスクが高いこと、および各年齢群の中で、基礎疾患のある方は基礎疾患のない方と比較して死亡のリスクが高かった、ことを報告した【図表4】。
図表4 |
新型コロナウイルス感染症のリスク(国内の知見) |
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000692193.pdf |
2020年12月2日開催の東京都新型コロナウイルス感染症対策本部会議資料を提供した。東京都のCOVID-19患者2,790例(全国の約26%)の疫学的特徴を、第1/第2波で比較した。発症から入院までの期間は、第1波の中央値が7日、第2波の中央値が5日であり、第2波で日数が短縮されていた。第2波は高齢の患者が減少した一方、中年・若年の男性や若年の女性の患者が増加していた。COVID-19の治療目的での薬剤の投与については、ファビラビル、シクレソニドを中心に、ナファモスタット、全身ステロイド薬、レムデシビル、抗凝固療法などが使用され、第2波では、ファビピラビル・シクレソニドの使用が減少し、レムデシビル、ステロイド全身投与、ナファモスタットの使用が増加した。第2波では、酸素投与および人工呼吸器管理患者は減少した。しかし、第2波であっても入院患者の 17.8% に酸素投与、1.6% に人工呼吸器が使用された【図表5】。
図表5 |
東京におけるCOVID-19患者の臨床学的特徴 |
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/012/389/2020120202.pdf |
19の不良な予後には、患者背景以外にも医療設備などのインフラ、医療従事者のリソース、社会保障制度など様々な要因が複雑に絡み合って関連しているものと考えられる。こうした世界各地での致死率の差の理由を明らかにするためにも、国内のCOVID-19罹患者の全体像を継続的に把握する体制が必要である。
本研究で収集されたレジストリデータは、今後の治療薬剤開発、臨床試験や臨床研究の実施などの方針や研究デザイン、エンドポイントなどを判断する際に役立つ資料となり得る。さらに、将来的に適応追加等を検討する際に本研究での情報を利用できるなど、研究開発へ貢献していく必要がある。
疫学研究としてさらなる知見の創出をするために、重症化・死亡関連因子のさらなる解析、薬剤の有効性、生活習慣の関与など、様々な横断研究・縦断研究や長期的予後評価を行う必要がある。定期的に解析を行い、学術領域および政策に寄与する必要がある。
最後に、本研究にご協力頂いた患者さま並びにCOVID-19の患者の診療に当たられ、また、本レジストリにご協力を頂いた参加施設の皆様に心よりお礼を申し上げる。